★父の“鼻からチューブ”で考えたこと。もう「延命拒否」とは言わない!

エッセイ

父が脳梗塞で倒れ発症からわずか5日後、「鼻からチューブを入れて栄養補給するか(経鼻栄養)」担当医師から選択を迫られたことを、先日書いた。
このことはジャーナリストとして、行政書士として、人生終末期の「延命」について考えてきた私にとって、思いがけなく遭遇した心ゆすぶられる”事件”だった。

■病気のことを余りに知らない

痛感したのは、病に対する経験の浅さだ。
延命措置をするかどうかの選択を、患者家族がこんなに早いタイミングで求められるとは、思ってもみなかった。

 

延命治療の出番として、これまで私が認識しているのは

  1. がんや心臓病など重篤な病気の最末期
  2. 人が老いて要介護状態になりいよいよ食物がのどを通らなくなるとき

今回のは1.2.の状況とは異なっている。
いわば「嚥下(えんげ)障害」という物理的な状況がもたらした”第3の場面”だ。
父はたまたま脳梗塞により嚥下が難しくなった、ほかの病気でもこの症状が出ることはあるだろう。その意味では(私にとっては”発見”だったのだが)医療の現場ではよく起こり得るケースであったのかもしれない。

 

■鼻からチューブで生き続ける母

経鼻胃管栄養法や胃瘻(いろう)増設が、事故や急性期の病において体力回復の起死回生策として使われる分には、なんの異存もない。
それなのに私はこれまで、「経管栄養」について必要以上にナーバスになっていた。
母のことがあったからである。

 

母はもう3年近く、鼻からチューブを入れ意識がないままに生きている。
80代前半からパーキンソン病にかかり家族が介護していたが、症状は日増しに重くなっていった。
それで市内の老人病院でお世話になることになったのだが、入院当初から食べられるのはトロミを付けた食べ物だけ。
ほどなくして流動食に変わり、誤嚥(ごえん)も頻繁になってきたので、人工栄養に切り替えられた。
切り替えは急だった。
ある日病院に行くと「鼻からチューブ」に代わっており、医師から「嚥下が難しくなったのでチューブで直接、胃に栄養を送ることにしました」と言われた。

 

父の病室

父の病室。自分の唾液さえ飲み込めなくなって父は誤嚥性肺炎で苦しんだ

 

内心、『いきなりチューブなのか?』と思ったが、措置が終わっているのに「点滴ではいけませんか?」とは言えなかった。
その時点で母の認知能力はほとんど失われていた。
しかし体力は健在なようで以後、母は変調をきたすことなく生き続けている。
『母は死に時を失ってしまった・・・・』
人情のない言い方だが、わだかまった感情をほかに表現しようがない。

 

老化や障害によって人が食物を飲み込めなくなったとき、
▼そのまま自然に任せるか、
▼点滴によって栄養補給するか、
経鼻栄養法によって積極的に「延命」を図るか、3つの選択肢がある。
この病院に母を入院させるとき私は、「末期は自然に」とお願いしていた。
それが私の、その時の考え方だった。
そのことから言えば、母がいつの間にか鼻からチューブになったのは”思いがけない結果”だった。

 

■患者家族に選択肢はない

今回父が病に倒れるまで、私にはずっとそのわだかまりがあった。
<母はかわいそうだ>と思っていた。
私や家族が見舞っても、何もわからない。
目はつぶったまま。
声にも反応しない。
手足は固まり、体全体が硬直して身動きも取れない。
時どき発する「いびき」が生きている唯一の証拠に思えた。
見るに忍びないのだ。

 

<なぜあのとき「点滴に代えてください」と言えなかったのだろう>
何度となくそんなことを考える。
だが、病床にいる父を見ているうち『そんなこと、言えるわけがないじゃないか』と気づいた。
結果的にだが、母の食事について私は医師から選択を迫られなかった。
それは恨むことではなく、むしろ、私は救われたのかもしれない。

 

母の衰弱が相当に進んだときに「経鼻栄養にしますか?」と迫られれば私は、
「このまま自然に逝かせてください」と言ったと思う。
しかし母はその当時、ごくわずかだが口から食事を摂り、呼びかけにもたまにうなずいてくれた。
飲み込めない以外は、完全に生きている者の側にいる。
それを意識的に遮断しようなど、誰にもできはしない。

 

■チューブによる延命に冷めた空気も

鼻からチューブ経鼻栄養)や胃瘻造設が老人の延命のために使われている、という批判が一部にある。
これまでの私の認識もそのようなものだった。
そして今多くの人が、経鼻栄養は決してQOL(生活の質、充実した生)につながるものではなく、不必要な延命措置である──と考えるようになった。

 

その結果として、「尊厳死宣言書」や治療の「医療従事者への事前指示書」によって不必要な延命を避ける(拒否する)という動きも出てきている。
私もこれまでそのように考えてきたし、今も基本的には「自分の身に起きることなら、不必要な延命はしないでもらいたい」と考えている。
しかし母を見、父の新たな闘病に接するにつけ、<これは安易には決められない>と思ったし、
一度決めたことでも人間だから、何度でもグラつくことはあるだろう
と思うようになってきた。

 

終活、エンディングノートなどで、介護や医療の項目で「延命の可否」について”選択肢”が用意されているものも見かける。
その中には「尊厳死」の考え方を採りいれているノートもある。
しかし、その発想は「ノー」だ。
人生は、頭で考えるものではない。
エンディングノートだのと言う、たかが「メモ帳」ごときに“自分の死に向けての指示”など、書けるわけがない。
人生は、作文とは違う!!

 

■では「尊厳死」なのか・・・・??

自分の命や親しい家族の命について、(昨今の「エンディングノート」のようにお手軽に)「✔」1つで「結論とみなす」など、到底容認できない。
では自分で「尊厳死宣言書」を書いて延命拒否の姿勢を鮮明にするのか。
それだって、今の私は首をかしげている。
病気のことや、病気が引き起こす体の変化や心の動き、自分の意思や意識といったものをどこまで信じられるのか。
あるいは、はかなく、もろく、危うげである命の行く末に、私たちはあまりに情報をもっていないではないか。

 

そんな状態で、命に直接かかわる問いに答えを出すのは無謀だ!
かつての私は、なんと考えが浅かったことだろう。
延命だとか、死ぬ時期だとか、大切な、大切なことを、理屈で考えていた!!
母の緩慢な終末期を見ながら徐々に考えを深めていったが、それでも思慮は浅い。
今回、父のことで分かったのは、「家族には事実上、選択権などない」ということだ。
本人も、家族も、覚悟が決まっていない時点では、医師から提示されればそれ以外の選択は難しい。

 

■急いで決めなくていい!

以上の状況は、高齢者や高齢者の家族が今も、これからも、出合い続ける普遍的な問題ではないか。
だから、短兵急には決められない。
しかし、近い将来起こり得ることとして真剣に考え、「自分の答え」を持つ努力は続けたい。

 

高齢期の「延命」は恥ずべきことではないと思う。
大部分の場合、(言葉は悪いが)なし崩し的にそういう状態になってしまう。
それがもし嫌なら、どうしてもその事態を避けたいというゆるぎない意思があるなら、(自分の心を落ち着かせる意味で)延命措置の可否について「事前指示」を書き置くことも悪くはないだろう。
私もそうするつもりだ。

 

でも、それで完結した、などとは思わないだろうと思う。
どこか、ウソくさい!
死の瀬戸際にまで追い詰められていないから、そんな「指示書」なんかを書こうなどと思うのだ。
臆病な私は、その後もたびたびその時の気持ち次第で、気が変わると思う。
迷うたびにペンを執り、消しては書き、書いては消して迷いに迷う。

まことに潔くない仕儀になりそうである。

 

父は今、その日その日を生きている。
真剣だ。
あきらめていない。
励まされているのは、私の方だ。
「覚悟」などと考えていたら、この生きざまはできない。
おやじのすごいところだ。
<初出 2016/1/16>


父は2017年7月に亡くなりました。
闘病1年半、長く見舞っていた母より早く旅立ちました。
<追記 2021/2/13>

■   □   ■

★PDF版『大事なこと、ノート』を作りました!

「延命は拒否する」と言うのは簡単ですが、命を投げ出す”予約”を健康な今のうちに自分で決めおくのがいいのでしょうか……。
老後は長いです。平穏に生きていることでさえ、実は容易ではない。
そんな自分が、いきなり死期や死後のあれこれについて注文つけるのは早計。
もっと考え尽くしてから、決めるべきかと思います。

一方、周囲の人が調べ直さなくて済むように、私の死後の煩雑な事務については、必要にして十分な個人情報を開示しておくべきでしょう。
なので、エンディングノートではなく、「大事なこと(を告げておくための)ノート」を作りました。
よろしければ、あなたに差し上げます。
考えるきっかけにしていただければ幸いです。

ヒント30px『大事なこと、ノート』PDF版は、下の囲みからお申し込みください。
    見出し又は画像をタップ/クリックすると、申込メールフォームにジャンプします


※PDF版なので、必要ページを印刷してクリアファイルなどに保存してください。
気持ちが変わった時には、いつでも書き換え、追記できることが「利点」かと思います。
保険証・介護保険証・生命保険の証書・権利証なども一緒に保管しておけば、文字通りあなたの『大事なこと、ノート』になるでしょう。

『大事なこと、ノート』の詳しい解説はコチラ▼▼▼をご覧ください。

■  □  ■

《延命を考える》関連記事 =掲載日順

2016/1/12
★延命したいなら「鼻からチューブ」。父が脳梗塞、家族は突然に決断を迫られる!
2016/1/19
★父の「鼻からチューブ」で考えたこと。延命の可否、軽々には決められない!
2016/1/22
★父の病室にて 『人間なんて…』と思わないようにした………
2016/1/24
★よい病院、悪い病院──自分の命だ、患者も家族も真剣にならなければ守れない!
2016/5/5
★「延命のための延命は拒否」でいいですか⁉ 最期の医療めぐるおかしな“空気”
2016/6/3
★「寝たきり100歳社会」の悪夢、だって!?──人間はスゴイぜ!生き抜かなければ人生の価値は分からない
2016/6/5
★「延命のための延命は拒否」だって⁉ 命の問題に“空想”は無用だ!
2016/7/2
★延命処置、始めたら本当に止められない?! もっと”出口”の話をしませんか?
2016/7/27
★鼻チューブ・嚥下障害……やがて口から摂食。父は”今の自分”を生き切っている!
2016/9/16
病院よ、医者を見ずに患者をみてよ! 「診断書」遅延でわかった医療機関の体質
2017/1/3
▼▼▼父に鼻からチューブが施術されてから1年、私の気持ちは変わってきました

2017/6/22
★延命に対するあえて”私的なお願い書”!「尊厳死」などと猛々しくなく
2018/6/8
★延命拒否より“命を使い切る”選択!原点から180度変化した私
2018/6/26
★《決定版!》最期の医療へ「私のお願い書」、軽々しく「延命拒否」とは書かない!!
2019/4/10
★『大事なこと、ノート』第5刷でPDF版に!エンディングノート的要素を外し、百歳長寿時代を生きるためのノートに変えました
2022/12/7
★気軽に<延命拒否>だなんて言うな ! 今の医療は即実行。考え抜いて決断しないとヤバイ。『大事なことノート』活用下さい
2023/1/30
★『大事なこと、ノート』を刷新、PDF版に! 自身の後期医療を託す《医師へのお願書》付き
 番 外  
★『大事なこと、ノート』PDF版の申込メールフォームです(無料)

静岡県家族信託協会
行政書士 石川秀樹(ジャーナリスト)

■  □  ■

サイトのトップページへ

この記事を書いた人

石川秀樹 行政書士

石川秀樹(ジャーナリスト/行政書士) ◆静岡県家族信託協会を主宰
◆61歳で行政書士試験に合格。新聞記者、編集者として多くの人たちと接してきた40年を活かし、高齢期の人や家族の声をくみ取っている。
◆家族信託は二刀流が信念。遺言や成年後見も問題解決のツールと考え、認知症➤凍結問題、相続・争族対策、事業の救済、親なき後問題などについて全国からの相談に答えている。
◆著書に『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』。
◆近著『家族信託はこう使え 認知症と相続 長寿社会の難問解決』。
《私の人となりについては「顔写真」をクリック》
《職務上のプロフィールについては、幻冬舎GoldOnlineの「著者紹介」をご覧ください》

 

家族信託に関心がおありですか? ※最新のパンフレットを差し上げます
家族信託パンフ申込QR一般用家族信託の本出版に合わせ、より分かりやすく「家族信託」をご案内する16㌻のパンフレットを作りました。
家族信託は二刀流です。(A)認知症対策だけではなく、(B)思い通りの相続を実現させるツールでもあります。
AとBのテーマに合わせてパンフレットは2種類。資産状況やご自身の常況を記述できるヒヤリングシート付き。
紙版は郵送(無料)、PDF版はメールに添付の形でお届けします。このメールフォームか右のQRコードからお申し込み下さい。

 

◎おすすめ「家族信託の本」 
(※画像クリック・タップしてAmazonで購入できます)

▲『成年後見より家族信託……』

▲認知症対策の定番、ベストセラー

家族信託はこう使え

▲相続対策に使う家族信託の本

▲上記の本を改題(Kindle版)

▲最左の本を改題(Kindle版)

<「目次」リンクから2つの本の“ちょい読み”ができます> 
目次1 『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』
目次2 『家族信託はこう使え 認知症と相続 長寿社会の難問解決』

 

関連記事

静岡県家族信託協会の仕事

週間ランキング

  1. 1

    ★認知症の母の定期預金を解約できますか? 委任状は通用しない。銀行は自宅に電話し意思確認。困ったら「金融庁」の名を出そう

  2. 2

    ★任意後見契約はおすすめしない。認知症対策を誤らないでください!

  3. 3

    《完全版》★使ってはいけない「成年後見」。認知症対策の切り札にならない。その災厄は家族を巻き込み、離脱できず苦悩が続く!

  4. 4

    ★なぜ銀行は、親の認知症を知るのか? 本人への意思確認は[委任状 ✕→本人に直接電話 〇]。難しくなった家族の代理!

  5. 5

    ★父の“鼻からチューブ”で考えたこと。もう「延命拒否」とは言わない!

  6. 6

    ★代理人カードを使え! 認知症による口座凍結を当面は回避できる。あくまで暫定ツール、限界が来る前に次のステップに進め!

  7. 7

    ★認知症患者の預金、家族の引き出しOKは本当か!? 全銀協指針、本音は成年後見だ!!

  8. 8

    ★「父が軽い認知症」と話したら1億円の土地登記を断られた!父と家族信託契約を結べば、受託者の手で再び売買契約を結べる

  9. 9

    ★延命したいなら「鼻からチューブ」。父が脳梗塞、家族は突然に最終決断を迫られる!

  10. 10

    ★令和の銀行あるある。70歳になるとATM引出し上限1日10万円!年齢差別あり。認知症懸念あれば無策でいるとヤバイ!

★よくわかる家族信託の本、発売中!

全国の主要書店で発売中。
Amazonでも購入できます。
<著者石川が無料で相談にお答えします>
上記の本の読者は、本文中のQRコードから「家族信託パンフレット申込フォーム」等に跳びメールを送信ください。著者の石川が質問・ご相談に直接お答えいたします。

★私のおすすめ記事1

  1. ★相続までの「時間差」が20年余 ! ! 楽観消し飛ぶ老後、自身や妻の行く末守れますか!?

  2. 《家族信託事例》★受託者が遠方でも家族信託はできますか?大丈夫、社協の自立支援事業と連携しましょう

  3. ★家族信託で親の預金をどう渡す? 受託者が遠くに住んでいても大丈夫、自立支援事業があります!

  4. ★脳障がいの兄がいるのに、母に認知症のきざし。成年後見でなければ救われませんか? 受益者連続福祉型信託の出番です!!

  5. ★妻に全財産を相続させる”魔法の1行” らくらく遺言 <文例1>

★家族信託へ2つのパンフレット

家族信託は二刀流です!
認知症対策だけでなく相続対策
にも使えるツールなんです。

家族信託のパンフレット

パンフレットをどうぞ
2冊目の「家族信託」の本出版に合わせて家族間契約の手引きになるパンフレットを2種類作成しました。ヒヤリングシートも用意。無料で郵送、またはPDFファイル版はあなたへの返信メールに添付します。
申込みはコチラのメールフォームから。

★私のおすすめ記事2

  1. ★「認知症だから成年後見、と思い込まないでください!』成年後見と家族信託はこんなに違う。ケアマネさんを前に熱弁、レジュメ公開しました

  2. ★「成年後見人をつけなければ財産が国に持っていかれる」だって⁉ 認知症の専門医がミスリードでは困る!!

  3. ★彼岸と此岸(しがん)のはざまで大切な人を想う

  4. ★節税ばかにならないで!相続税は高くない。 遺産1億でも実効税率は4%弱

  5. ★認知症の母の定期預金を解約できますか? 委任状は通用しない。銀行は自宅に電話し意思確認。困ったら「金融庁」の名を出そう

★家族信託などの料金表

★鎌倉新書で家族信託

「鎌倉新書」が運営するサイト「相続費用見積もりガイド」に私の事務所をページを設けました。
私は家族信託遺言を中核ツールとして全国で《相続対策》を行っています。
事例も紹介していますので、ぜひご覧ください。
ロゴから私の紹介ページにジャンプします。

 

 

★家族信託は全国対応しています

TOP