★父親の軽い認知症で土地売却がおじゃん! 登記を司法書士に断られた
「認知症」と軽口を言ったのがアダ
Q
父から受け継いだ会社をたたむことにしました。
父名義の土地を父の承諾を得て売却することになり契約直前まで来たのですが、司法書士に登記を依頼するために相談に行った折、私がつい「父が軽い認知症だったので……」と口を滑らせたところ、途端に「登記はできません」といわれてしまいました。
契約するばかりの段階にきているのに、父に会うこともなく登記を断られるなんて、と途方に暮れています。
確かに父は、町医者に「認知症の傾向が出ていますね」と言われましたが、薬が合っているせいか明るくなり、取引先との会話にも不自然はありません。土地売却も父の指示で私が動いたので、本人の意思能力は確かです。
司法書士は「後見人を立てるしかない」といいますが、調べる限り、後見人は一度立ててしまうと成年後見制度から離脱することはできないようです。
土地売却のためだけに拙速に後見人制度を頼ることには抵抗があります。
後見人制度以外に現状を打開する方法はありませんか?
違う司法書士の判断を求めたいところです。
A
よく聞く話です。
非常に解決は難しそうですが、100%不可能ではないと思います。
そもそも、本人を見ないで「認知症」の言葉をうのみにして登記事務を断るとは、職業倫理に反している。
司法書士は、成年後見申立てに慣れていますから、家庭裁判所に提出する医師の診断書に「保佐相当」「成年後見相当」のチェックが入れば、登記事務は行いません。
それが“業界標準”になっているんですね。
士業を行う者は、ある意味で「契約行為ができるかどうか」を判定する者になりますので、面談するときには緊張します。ですから見ないで断る、というのは論外です。
とは言え、司法書士を相手にしているのに、「認知症」の言葉を出したあなたは軽率でした。
成年後見制度では認知症を、補助・保佐・成年後見の3段階で考えます。
補助と保佐の境目は、専門家でも判断はつきにくいものです。
2000年の成年後見制度成立に伴い、医師法、弁護士法、会社法、国家公務員法など、180以上もの法律に欠格条項(資格を奪う)が設けられました。18年にこれの撤廃に向け一括法が成立したので、徐々に欠格条項は廃止され「個別審査」へと移行するはずですが、今も多くの法律で「成年後見」「保佐」相当は“クビ”の対象です。
しかし「補助」相当の人を欠格とする法律はもともと少ないです。
ですから不動産業者もお父さんの常況を見て、あまり疑問を感じないで売買契約を仲介したのでしょう。
民法のどこにも、補助相当やMCI(アルツハイマー病による軽度認知障害)の人との契約は無効、などとは書いてありませんから、お父さんとの契約は”セーフ”である可能性が高いです。
2017年6月に民法の大改正がありました(いわゆる「債権法の改正」)。
その中で重要な変更がありました。民法第3条に1つ項目が追加されたのです。
《民法第3条の2 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。》
意思能力というと難しそうですが要するに、自分がしていることの法的な意味がわかっている、ということ。お父さんが「今私は、土地を売ろうとしていて、その買い手と契約している」ということがわかっていればOKだということです。そのことさえ分からない常況というのは、重度の認知症か意識喪失の状態ですね。
ご相談をお聞きしている限り、お父さんはそのような常況ではないようです。
お父さんを伴い、ほかの司法書士に当たってみてください。
会話してみれば、登記を請け負っていいか、危ないかは司法書士が決めます。
契約の詳細をお父さんからきちんと聴取すれば、お父さんの常況は判断がつくと思います
土地を家族信託しておけば、安心
またご心配なら、お父さんに読み書き、会話や計算ができる今のうちに、「質問者」のあなたと家族信託契約をすることをすすめたいと思います(委託者:父、受託者:あなた、信託財産:換価予定の不動産と金融資産)。
家族信託は契約行為なので、成否はお父さんの事理弁識能力次第です。
公証人が契約能力を認め、銀行でもまた定期預金の解約等ができたとすれば、司法書士も登記事務を行うでしょう。
(信託では、契約当初に「父→あなた」への所有権移転と信託の登記を行います)
あなたが受託者になれば、売買契約が長期化しても何も心配はありません。
また契約相手も、先方の判断能力を危惧する必要がないので、契約の安全度は増すでしょう。