★延命したいなら「鼻からチューブ」。父が脳梗塞、家族は突然に最終決断を迫られる!

エッセイ

父はいきなり崖っぷちに立たされてしまった──。
脳梗塞で倒れ今、「経鼻栄養」にするかどうかを迫られている。
いや、直接的に”最終決断”しなければならないのは「患者家族」である私だ。
発症からわずか5日。
鼻からチューブを胃に通し栄養補給をするという事態は、あってもずっと先のことだと考えていた。

■90歳目前、父が脳梗塞に

書家である父は今月で90歳。
健啖家で、65歳の私よりはるかに食がすすむ。
その父に異変があったのは正月3日の午後7時頃である。
夕食時に姿を見せないので部屋に呼びに行くと、畳に座り込んでいる。
「立てない。右が動かない・・・・」
肩の下に手を回して立たせようとしても動けない。
そこで力づくで持ち上げ肩を貸し、ふたりで歩き始めた。
父の右足は前に出せずに引きずるような状態。

 

ようやくリビングにまで運び、椅子に座らせた。
好物の牛丼を口に運ぶ、そんな他愛のない動作ができない。
対面に座っていた家内が、父の口元のゆがみに気づいた。
「病院で診てもらった方がいいんじゃない?」
ということで、国1沿いの救急センターに。

 

医師の診断は「脳梗塞」。
すぐに救急車を手配してくれ、静岡市内の「済生会病院」に搬送。
そのまま入院することになった。
医師の手短な説明を受けたのは午前1時を回っていた。
翌朝、救急病棟の父を見舞うと、発する言葉がまったく聞き取れない。
昨夜の私の印象は、右手と右足にマヒがあり動かしにくいものの、言葉は通じる───
であったが、思ったよりも病は重篤であるらしい。

 

■医師と患者家族とのギャップ

この日のことを思い返すと、医師の判断と患者家族(つまり私)の理解力には相当大きな開きがあったな、と思う。
脳梗塞のことを知識としては知っていた。
医師の言う意味も分かったつもりでいた。
しかし実際には、病気の軽重についての医師の認識と、私の希望的な観測とでは、大きな隔たりがあったようだ。
私は『脳梗塞は重くなく、リハビリをすれば回復する』と思っていたが、医師は『それは無理・・・・』と感じていたようだ。
その意味では、”会話”自体が成り立っていなかった。

 

父を救急センターに運んだのがは日午後7時半である。
翌4日昼、一般病棟に移す前に神経内科医の説明を聞いた───
「病名はラクナ梗塞患部は脳の深い部分。いろんな血管が集中している所です。MRI(磁気共鳴画像)で白く抜けて見えるのがソレです」
この後、急性期治療とリハビリを2週間行う旨の言及があった。
ラクナ梗塞 脳のごく細い血管が動脈硬化を起こしてしまい、詰まって生じる脳梗塞のこと。

 

医師の説明はこれだけで、医師が退席した後は理学療法士にバトンタッチされた。
彼女が話してくれたのは、2週間後にここを退院したら入るであろうリハビリ病院の候補名と簡略な説明だった。
今のうちに転院先を予約しておきたいようで、その説明に終始した。
患者家族として聞きたいのは「どの病院がおすすめか」だったが、その点については言葉を濁すので、自宅に最も近く設備とスタッフも整っていそうな「静清リハビリ病院」に予約してもらうことにした。

 

以上、ここまではある意味、事務的な話に終始した。
淡々と話が進んだので、そして私自身に楽観的な先入観があったため、気持ちはもう「リハビリ」の方に向かっていた。

 

この日以降、父は午前と午後に10分程度のリハビリ(手、足、口元の各部位ごとに担当者がいる)を受けるほかは、終日トロトロと眠っているような状態が続いた。
私は「脳の血管が詰まっただけなのに」といぶかった。
しかし実際にはその事実はたいへん重く、脳はまだ大きなダメージを受けた状態であったのだ。

 

父にいろいろなことを話しかけると、それに答えようと口を動かす。
意思能力は健在に見える。
それでも、何を言っているのかはほとんどわからない。
筆談しようと、機能が残っていると思われる左手にペンを持たせて紙を向けるが、字にはならない。
こちらはついせっかちになってしまっていた。
父は切なかっただろう。

 

■経管栄養に希望的観測が消し飛ぶ

入院5日目、病院から電話がかかってきた。
「先生がお食事について話したいそうです」との内容。
妻と病院に向かう車中
「まさか<胃ろう>の話じゃないだろうね?」
「まだリハビリも(本格的には)始まっていないから違うんじゃない?」
などと話をした。

 

病室に着くと、ちょうど摂食担当の作業療法士さんがいた。
様子を聞くと「きょうはスプーン10杯くらいゼリーを食べてくれました」という。
父の右半身マヒは口元にも及んでいる。
言葉だけでなく、食物を飲み込むことも難しくなっているのだ。
昨日、もう一人の療法士さんは2さじでやめていたから、10杯食べたのは大きな”前進”に思えた。

 

1時間半くらい待って病室に医師が現れた。
父の方をチラッと見てから私に「どうしますか?」と尋ねる。
意味がのみこめない。「どうするって、何を!?」
医師が言葉を足す。
「お父さんは嚥下(えんげ)が難しく、そのため点滴をしていますが、口から食べられないので栄養が足りないです。鼻から胃にチューブを通して栄養補給する方法(経鼻栄養法)がありますが、どうしますか?」

 

どうするもこうするも、私には突然の”最後通告”に聞こえた。
医師が言うのは正式名称「経鼻経腸栄養法」という栄養補給法である。
私の認識では、胃に穴をあけて直接栄養を届かせる「胃瘻(いろう)増設」に近い最終手段。
胃瘻よりはいくぶん施術が簡便に済む療法だが、どちらも経管栄養には違いない。
『この病院を出ればあとはリハビリ』
という甘いシナリオはこの瞬間に消し飛んだ。

 

■立ち話で、命の大事の判断を家族に迫る医師

きっと想定外の事態に私自身、パニックに陥ったのだ。
なんだかこの医師の言い方に腹が立ってきた。
《ようするに私に、『お父さんの延命措置しますか?』と聞いているのだ。こいつ、立ち話で!!
第一、経鼻栄養法がどういう療法か、危険はないか、メリット・デメリットは、リハビリは鼻からチューブをつけたままでもできるのか??
何も説明してないのに、いきなり「答え」を求められている・・・・。

 

医師はこんな紙切れ(A4の用紙)を私に手渡した。

 

患者の栄養補給のため「鼻からチューブを胃に通す」療法の同意書

患者の栄養補給のため「鼻からチューブを胃に通す」療法の同意書

 

赤線のように、医師は「経鼻経腸栄養法と合併症について」説明したことになっている。
「うそつけッ!」である。
紙きれの主旨は、家族への説明ではなく《鼻からチューブという方法でも、マレに失敗することがあります。そういう可能性があることを説明したので、承知しておいてくださいね》ということ。
万が一失敗しても、「こっちに責任はないですよ」という念押し文書なのである。
しかしこの際、医療側の姑息なんてどうだっていい。
それより、この紙にサインをすれば患者家族は、2度と口から食物を味わうこともない延命のための措置に、同意を与えたことになるのだ。

 

「こんな大事な選択を家族にさせようという気かい?」
感情的になって、医師にこんな質問をぶつけた。
「いえ、そういうことでは・・・・」
「医師としてのあなたの意見は?」
「・・・・・」
反撃を予想していなかったらしく医師は口ごもる。
らちが明かないので私は語調を変えた(ただし小声で。ここは病室だから)
「父はまだ意思能力をしっかり持っているんだがね」
「・・・・?? ではご家族でお父様と話し合われて・・・・」
(こいつ、ここまで言っても、父に直接聴く気はないんだ・・・・

 

■母の経鼻栄養が脳裏に浮かぶ

八つ当たりと分かっていたが、医師に感情を向けるしかなかった。
父に意思を問い、答えが聞けるものならとっくにそうしている!

 

「うちには母がいるんだ。寝たきりになって3年。2年半前から嚥下ができなくなって、鼻からチューブを入れられて、意識がないままに今も生きているよ。栄養補給のためにこの方法が必要だとしても、リハビリができないまま寝たきりになり、やがて意識も失って母と同じように延々と生かされ続けることになるかもしれない。 鼻からチューブを脱して、口から食べられるようになった事例はあるのかね」
「そういう例もあります」
ただしそれは年齢が若い人の場合だろ? と口まで出かけたがやめにした。

 

この医師は悪人ではない。判断力もあるだろう。
しかし、「いかにもお医者さま」であり、その立場からしか物事を見ることができない。
父は90歳になろうという高齢。
『リハビリをしても治るまい』と、すでに判断しているのだ。
それがこの医師の経験値から見た”真実”。
ふつうは医師が「同意書」を求めれば、患者および家族は黙々とサインし、ハンコを押す。
だから”反撃”を受け、めったにないことなので困惑してしまった。

 

でも、泣きたいのはこっちのほうだよ。ほんとうは。

 

■病気の入り口で「延命するか」を選ばされる

結論から言えば、父には意思能力も判断力もあり、リハビリをして治したい気持ちがある。
そんな父の「回復への希望」を断ち切るような返答を、家族ができるわけがない。
「点滴のままでいいです」などと、私は言わなかった。
しかし、ボー然とする。
父はつい5日前まで、「満腹中枢が狂ってんじゃないの?」と思えるほど食べることを楽しみにし、よく食べた。
それが今、2度と戻ることがかなわない永久絶食への片道列車に乗り込まざるを得なくなっている・・・・。

人は突然、断崖絶壁に立たされることがある!

本人はつらい。見守る家族も同様だ。
そんな事態を目の前にすれば、悔いばかりが浮かんでくる。
特に私は終活と遺言相続の専門家として、セミナーなどで何度も「身の始末」や「覚悟」について話してきた。
その中には「延命」のことがあり、経鼻栄養の実態についても説明してきた。

 

母のことがあるものだから、延命についての姿勢を決めなければならないのはがんや心臓病などの「終末期医療」に限らないことを説いてきた。
老化に伴う緩慢な死期においても、経鼻栄養の問題が起き得ることを何度も話している。
それなのに、今度出合ったのは、病気発症の入り口で「延命の形を選びなさい」と迫られる事態だった。

 

■では私は「延命拒否」を選べるのか?

正直言って戸惑う。
戸惑う理由は、母の場合も父の場合も、本人の意思が確認できないまま流されるように、人間らしい意識がなくなってもなお、体力が続く限り命を延ばし続ける措置をするかどうか、選べ、と言われているからだ。
私自身が病の当事者なら、違う選択をするだろうに・・・・・。

いや、そんな勇気があるのか!?
「選択」をするときに、私にはまだ意識が残っている。
自分の命を断ち切る「延命拒否」という選択、できるのか!?
でも意識あるうちに選択しなければ、延々とチューブにつながれて生かされ続ける。
土壇場で、やはり私は迷うのではないか・・・・・。

自分の時に今回と違う選択ができるのかどうか。
わからない・・・・・。

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<初出 2016/1/16 最終更新:2024/4/5>

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行政書士 石川秀樹(ジャーナリスト)

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この記事を書いた人

石川秀樹 行政書士

石川秀樹(ジャーナリスト/行政書士) ◆静岡県家族信託協会を主宰
◆61歳で行政書士試験に合格。新聞記者、編集者として多くの人たちと接してきた40年を活かし、高齢期の人や家族の声をくみ取っている。
◆家族信託は二刀流が信念。遺言や成年後見も問題解決のツールと考え、認知症➤凍結問題、相続・争族対策、事業の救済、親なき後問題などについて全国からの相談に答えている。
◆著書に『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』。
◆近著『家族信託はこう使え 認知症と相続 長寿社会の難問解決』。
《私の人となりについては「顔写真」をクリック》
《職務上のプロフィールについては、幻冬舎GoldOnlineの「著者紹介」をご覧ください》

 

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