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★使ってはいけない「成年後見」。認知症対策の切り札にはならない‼

後悔(使ってはいけない成年後見)

こんにちは、静岡県家族信託協会石川秀樹です。
きょうは成年後見制度の問題点、つまりデメリットを書いてみたい。

成年後見制度を、多くの人たちが間違って使っている。
いや、ふつうの家族の立場からすれば、間違って使わされてしまった、と言うべきかもしれない。
金融機関のこの制度に対する勘違いははなはだしい。
結果として銀行が、成年後見制度にふつうの家族を“巻き込む起点のようになっている
制度をよく知らないまま成年後見を使ってしまった家族は、悩み苦しみ、後悔する。
認知症800万人時代の今、成年後見制度が存在する意義が全くないとは言わない。
なくてはならない制度だし、一部の人にとっては最後の救いにもなる。
しかし、ふつうの家族がこの制度を使ってはいけない‼
現在の「成年後見制度」の仕組みと運用では、家族は、傷つくばかりだからだ。

 

成年後見制度は、後見される人(以下「本人」と表記する。)の財産を守る目的で作られた。
誰から守るというのだろう。
実は「守る」と考えてしまうからこの制度はおかしくなってしまった、と私は考えている。

 

Table of Contents

■家族後見人の不正は本当に多かったのか⁉

成年後見制度は、本人に代わって公的代理人が財産管理をして、管理能力を喪失した本人の生活を立ちいくようにする制度である。
本来、敵も味方もないのだ。
本人の残存能力を活かして、本人らしく生きるためのお手伝いをする、というのがこの制度の目的だ。
ところが2000年に成年後見制度がスタートし、家族が成年後見人になると、存外、不正を働く家族が続出した(とされる)。
それを見て、大慌てで制度運営者たちは「何とかしなければ」と思ってしまった。
はじめから「家族は敵」と見るような、制度ではなかったのに、後からこの制度は、変質した
「家族の不正や横領を防ぐ」が、いつの間にか制度運用のカギのようにみなされるようになり、
法律バカたちが独善的な正義感で、おかしな運用を始めてしまった。

なぜ(とされる)とカッコ書きにしたか、その理由は―――
後見制度関係者が言う「不正続出」は、過剰反応ではないか、と私は思うからだ。
以下、最高裁の統計数字を示す。

◆最も不正横行がはなはだしかった年は平成26年だとされる。
その年の家族後見人の不正件数は809人。成年後見制度利用者は18万4670人。不正発生比率は0.44%
一方、日本の刑法犯罪発生率は1.5%。
翌年の平成27年は、家族後見人の不正件数は484人。成年後見制度利用者は19万1335人。不正発生比率は0.25%
一般犯罪の6分の1である。
「不正横行」どころか、成年後見人の規律はおおむね保たれていた、と私は判断する。

 

 

■勘違いする家族が悪いのか⁈

成年後見制度の主旨は、本人の財産を守ることと、本人の身上を監護することにある。
残念ながら、
家族が本人のオカネを使えるようにしたり、②金融機関が安全に(自分が“火の粉”をかぶることなく)お客さまのオカネを出し入れできるようにするためにあるのではない!

しかし実際は、まさにこの2つの目的を達成するために成年後見制度は使われている。
本人のためではなく、家族と銀行のために使われているのだ。

 

なぜそうなってしまったのか。
後見の申立をする人は、(本人ではなく)周りにいる家族の誰か、というのが大半だ。
その家族が、成年後見制度を利用して、ほぞをかんでいる。
国が創設した制度なのに、その制度を使った家族が激しく後悔するなんて、あり得ない姿である。

 

家族はなぜ、「こんなはずではなかった」と思うのか。
この制度は本人を守るため(だけ)の制度であり、それ以外のことは眼中にない」という根本原理を知らずに、家庭裁判所に成年後見開始の審判を申し立ててしまうからだ。
家族はごく普通に、こんな風に思っている。
「成年後見人は”一時的に”本人を代理してくれる人。
(例えば本人が認知症になってしまったために)
解約できなくなってしまった定期預金を解約してくれる人だ」と。

 

 

 

制度運営者から見れば、完全に勘違いである!
しかしこの思い違いは、家族が悪いのだろうか⁈
「制度のイロハも知らない家族が悪い!」
と、この制度を作った人たちはいうのだろうか。
この制度の一翼を担ってプロとして成年後見人を務めている士業たちは、本当にそう思っているのか⁈
「深く制度を調べもせずに、成年後見の申立てをしたから悪いのだ」と?

 

■士業や家庭裁判所の説明が足りない‼

逆である‼
事務所に相談に来た人に、「成年後見制度には、家族から見たらとても使いにくい面がありますよ。例えば、………」という風に、個別、具体的に、相談者の事情に合わせ、「成年後見制度は、ここは利用価値があるけれど、一方、こんな不都合なことも出てきますよ」と、懇切に説明しただろうか。
家庭裁判所も同様である。
私が家族のことで静岡家庭裁判所に成年後見関係の書類をもらいに行ったとき、この制度についての説明はほとんど聞けず、別室で「後見制度支援信託」のビデオを見せられただけだった。

 

認知症になって、本人や家族は困惑している。
何をしたらいいのか、皆目わからない状態だ。
よくよく思い詰めて家庭裁判所に行く。
しかし、そんな本人や家族への応接は、職員にとっては日常的な仕事にすぎない。
だから扱いが雑になる(←では困るのだ! 本当に‼)
「家族の一大事」を職員たちは忖度(そんたく)できない。
想像力が足りないのだ。
裁判官に気を遣うより、困った家族に思いを向けなさい!

 

だから私の元に届く相談者の声は、「こんな制度だとは思っていなかった」から始まる。
時に士業が後見人を務めなければならないときもある。
だから現在の成年後見制度に士業がかかわることを、私だって「すべてダメ」とは言わない。
しかし事務所を訪れた相談者に、ことを分けてていねいに説明しないというのは、プロとして失格だ。

 

■家庭裁判所は「責任者」の意識を持て‼

成年後見制度を使うかどうかは、普通の家族にとっては一大事である。
大事な決断をしなければならないのに、家族は制度を熟知していない

 

しかしそれは、家族の落ち度ではない(成年後見の矢面に立つ、銀行窓口や地域包括センター、あるいは行政の窓口でさえ、この制度の中身について十分理解していないではないか。まして普通の市民においておや、である)。
だからこそプロは、制度のよいことも悪いこともすべてを開示し、説明を尽くして、利用する側の判断を待つべきなのだ。
その際、「一度申立てをしたら引き返せない制度であること」も、ゼッタイに伝えなければならない。
もともとこの制度は、限りなく「措置」に近い、強権的な一面がある
だからこそ、“離脱の自由”が保障されていなければいけない‼
なのに、離脱の自由がない。家庭裁判所がそれを許さない。
だから「一度使えば抜け出せない。これが制度の根幹だ」という説明は、ゼッタイに省いてはならない。

 

「それを言ったら客(制度利用者)はいなくなる」というなら、
この成年後見制度は、「公的な制度だ」と、名乗る資格がない‼
この点、家庭裁判所に、強く、強く言いたい。
家庭裁判所は、成年後見制度の一方の当事者である。
というより、制度上“親玉”ではないか。
責任者なんだよ!
さまざまな最終的な決定権を有するのだから、誰よりも責任が重い。

 

家庭裁判所の窓口(調査官や秘書官)は、責任者(裁判官)の立場を代行して、制度の入り口で困惑している市民に対しては、きめ細かく相談に乗り、成年後見という制度について最大限の説明をし、市民が十分に理解した上で申し立てをするかしないかの判断をするよう、手助けしなければならない。
それを怠っているから、官製の後見制度であるにもかかわらず、ここまで批判にさらされるのだ。

 

■申立て理由の1位が「預貯金」だなんて

最高裁判所は毎年、「成年後見事件の概況」を発表している。
”事件”というので大げさに聞こえるが、ようするに利用状況の統計だ。
最新の平成30年版で私が注目したのは「資料7」である。
主な申立ての動機別件数───

H30年の成年後見申立て動機

1位は「預貯金等の管理・解約」
ダントツで3万件を超えた。十数年変わらない傾向だ。
2位は「身上監護」、1万3千件超。
(施設入所等のためにこれほど多くの人がこの制度を使わされていること自体も驚きだ!)。
以下、▼介護保険契約▼不動産の処分▼相続手続き▼保険金受け取り──と続く。

 

さらっと書くと、「まあ、そんなものか。<預貯金>が多いな」くらいの印象に終わってしまいそうだ。
しかし冷静に数字を分析し直すと、大変なことが起きている!
この年「申立てを行った人」の総数は3万6,127人である。
<預貯金>を申立理由にした人は3万500人。割り算してほしい。
全体の84.4%もの人が「(本人の)貯金をおろせない」「定期預金が解約できない」からと、成年後見申立てをしてしまっているのだ!
成年後見の入り口が“お金の問題”なんぞであっていいのか⁉

 

上のグラフで、「財産管理」関係の申立て理由に赤い「◎」を付けた。

①預貯金等の管理・解約(「預貯金凍結」問題だ)84.4%
②不動産の処分(「自宅が売れない」問題)18.7%
③保険金受取(「死亡保険金が受け取れない」問題)8.0%
①②③(財産管理)の合計 111.1%

※「重複回答可」だからこうなるが、それにしても「100%超え」とは……。

 

■最高裁までが「数字」に小細工

今回調査から最高裁判所は、事例がどれくらいあるかを示す「比率」を出すようになった。
(はじめは「ご親切に。わかりやすいよう%もつけてくれたか」と思ったが、意図的だった!)
この比率、私が計算した赤字の数字とはまったく異なる。
<上のグラフをもう一度見てほしい>
最高裁は10個ある「動機」の合計を100として、動機間の比率を割り出した(黒い数字の方だ)。
私は「この比率の取り方はピントがズレている」と思った。
いや、預貯金比率を低く見せたくて、わざとやったのであろう。
回答は「重複回答OK」であるから、グラフを正しく認識するには、この年の申立件数(3万6127件)を母数にして、「各動機」を割るべきである。

最高裁がそんな姑息を行ったので私は、どの動機が申立者の何パーセントになるか示すため、独自にその数字を算出した。
それがグラフ及び枠内で①②③として表記した赤文字の数字である。
答えは明白だ。
成年後見申立ての主動機は「財産管理」であり、中でも「預貯金等の管理・解約」が圧倒的。
先ほどの私の分析(「100%超え!」)の正しさを証明してくれた。
最高裁が出した比率は、「預貯金等の管理・解約」という圧倒的な動機の印象を薄める効果を持つ。
あらためて言う。姑息である‼
なぜ最高裁はこのような“小細工”をやってしまうのだろう。

 

■最高裁が追い込まれている証拠⁉

それは心理的に、最高裁官僚たちが追い込まれているからである。
最高裁は今年(2019年)3月、「成年後見人は親族が望ましい」と、従来の運用方針を一転させるような発言をした。
(発言したのは、成年後見制度利用促進のための専門家会議の席上である。朝日新聞が3/19日付で報道)
親族後見人は現在22%で“絶滅危惧種”になりかけている。
この制度運用は「成年後見人には家族がなれる」と思っていた家族の期待を完全に裏切った<グラフ参照>。

 

<グラフ>職業後見人が台頭

しかもこの制度、(先ほど書いたように)離脱の自由がまったくない
その当然の結果として、成年後見制度は国の鳴り物入りのテコ入れにもかかわらず、利用が一向に伸びない。
国は平成28年5月、「成年後見制度の利用の促進に関する法律」を施行した。(これについては後でもう一度解説する)

この法律施行前後の動きを伝えれば、利用が増えたのは「市区町村長による申立て」のみだった。
本人や親族による申し立ては、依然として低迷したままである。

 

■「後見制度があるから使え」になっては困る!

以上の分析から、裁判所側からこの制度を本気で変える気はないだろうと思われる。
最高裁の「親族後見人を増やす」という方針転換も、強まってきた後見制度批判の矛先をかわす狙いであり、
制度の根幹を変えていく気はないと推測できる(この点も後述する)。
政治の動きを見ても、今の成年後見の在り方については一切疑義を差しはさまず、
「とにかく制度を作ったのだから、活用されるようにしろ!」であるから、この制度は今のまま続くだろう。

 

残念としか言いようがない。しかし、
制度が変わらないなら、利用者側が「利用の仕方」を自ら考え、注意深く対応していくしかない。
その点で心配なのは、銀行(金融機関)や行政、包括支援センター等が、成年後見を「よい制度だ」とうのみにして、
制度があるのだから、使ってもらおうよ(その方が私たちのリスクが軽減されると)>に傾いていることだ。
「認知症対策なら成年後見」と制度に丸投げすることに、まるでちゅうちょを感じていない。

 

現状をもう少し深く知ってもらいたいので、グラフに戻ろう。
「身上監護」を除けば、すべて単発の”困り事”のための申し立てである。
また「介護保険契約(施設入所等)のため」と「身上監護」以外は、”本人(被後見人等)の財産を現金化して活用したい”ための申立てだ。
あえて繰り返すが、成年後見制度は①本人の財産を守る、と②本人の身上監護をする制度である。
本人が意思能力を失った後でも、人間らしく生きてもらうための制度だ。

 

しかしグラフから伝わってくるのは───
家族がお金を引き出せなくて困り果て、成年後見人に泣きついている図でしかない!
この場合、家族は本人の金を遊興費に使いたくて申し立てているのではないだろう。
本人に預貯金があるなら、そのお金は本人の療養看護費に充てたい、そのための申立てのはずだ。
至極まっとうな理由ではないか。

 

こんなに分かりやすい家族(及び本人)の希望が、成年後見制度を使わなければ実現できない、というのがそもそもおかしくはないか⁈
気の利いた銀行、生保なら、家族から事情を聴いて「社の判断」として何らかの解決策を提示できるはずだし、その能力もある。
それを「後見制度をお使いください」と、あえて制度に誘導している、というのが現実であることがグラフから伝わってくる。

 

■成年後見人は預金や保険金の受取代理人ではない!

ちょっと結論を急ぎ過ぎた。
もう少していねいに「成年後見制度」の光と影について説明しよう。
読んでお分かりのように、私は現行の法定後見制度の在り方をよいとは思っていない。
何がいけないのか、ひとことで言えば───
この制度をほとんど理解していない人を別の動機で誘って引きずり込み、(本人が死ぬまで)足抜けさせない制度にしている、からである。

 

これほど“問題ありの制度”なのに、法定後見(成年後見・保佐・補助)制度は、あまりに知られていない。
最近は、「成年後見人という言葉は知っている」という人が少し増えてきた感じがあるが、では制度の中身についてはどうかと言えば「まるで知らない」という人が大半、というのが現状だ。
高齢者が身近にいない人が「その程度の認識」だというのは、まあ、仕方がない。
しかしこの問題と日常的に向き合う人、例えばケアマネジャーとか銀行や生命保険の前線にいる人たち、行政の人までが、「正確な知識は持っていない」のでは困る‼

 

もう一度繰り返す。
「預貯金等の管理・解約」のために年間3万人もが後見開始等の審判を申し立てている!(最高裁資料7)
これは「申立て動機」の84%強を占める
この数字を、制度運営を担っている最高裁までが「問題だ」と気づいていない。
まったく、ため息が出る。
さらにグラフを見れば、「保険金受取」のためも2,882人いる。
受取人が認知症なので「手続きしません」と言われているのだ。
気の毒……、としか言いようがない。
申立てしてしまった家族の思いは、もちろん分かる。
<本人が病気になった、介護度が進んでいる。本人は預金を持っている、あるいは死亡保険金の受取人になっている。ならば本人のお金を本人の療養費に回そう>
そのように考えるのだが、現実はお金が手に入らない。
当てにできるはずの数百万円が、「認知症」というだけで誰も動かせなくなってしまう。

 

定期預金も“動かせなくなってしまった大きなお金”の典型だ。
「定期にして」と高齢者を誘うのは、銀行の窓口である。
その同じ窓口が、預金者が認知症になって現れれば「あなたの意思能力が確認できないから、定期預金の解約はできません」と言うのだ。
心配した家族がついて行けば「ご本人の判断力が落ちておられるようですから、ご家族でも”代理”はできません」と言われてしまう。
「じゃあ、どうすればいいんです⁈」と気色ばむと、
「成年後見人を付けてください」。

 

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保険のコールセンターでも同じ。
判で押したように「その場合は成年後見人を・・・・・」。

 

■金融機関は成年後見に便乗している‼

この対応、日本中で行われているからこれに異を唱えるのは勇気がいるが、
私は「成年後見制度に(金融機関側が)便乗している‼」と言いたい。
もはや、「金融機関が誤用”してお客さまを(劣悪な)制度に追い込んでいる」レベルではない。
成年後見制度という「丸投げできる制度」ができたので、そこに誘導しているのだ。

 

銀行の言う、「本人に意思能力・判断能力が残っていない場合、本人を代理できるのは公的な代理人である成年後見人だけ」というのは、民法的には正しい。
しかしだからと言って、本人の通帳(からお金)を動かすには「成年後見人でなければだめだ」、というのは短絡だ
金融庁も、「成年後見人を使え」などという通達は、出していない‼

 

口座名義人が認知症である場合、取引する(預金引き出しに応じる)か否かは、(契約当事者の)銀行の裁量に任されている。
金融機関側がまじめにこのテーマを引き受け、結論を出せばいいだけの話だ。
行内で深い論議もせずに、口座凍結、または公的後見人になら解除する、という二者択一しかないと言うなら、銀行の自治はどこに消えたのだ⁉ 
お客さまのお金を預かっているという誇りと責任感はどこに行った?
自行でその都度まじめに審査する手間を省いて、手っ取り早い行内マニュアルでお客さまに「成年後見制度を使え」と強いるのは、銀行の責任逃れではないのか?
(ひとたび成年後見人を使えば以後お客さまは、長きにわたり金銭と精神面で大きな負担を負うことになる。そんな負担を、天下の銀行がお客さまに負わせようとは、サービスという「言葉」を銀行は忘れてしまったのか⁉)

 

■銀行はこれ以上、お客さまをミスリードするな

銀行が個別に対応すれば済む話ではないか。
銀行は自分で決められる。
現に、成年後見制度ができる以前は、(どこにも丸投げする場がないから)銀行はその都度、個別に判断していた。
銀行独自の決定は、もちろん幾分のリスクを伴う。
しかし、それを負いたくないからリスクは全部お客さまに、では金融機関の名が泣こう。
心ある銀行よ、成年後見に無責任に”たらい回し”するな、なんとか独自性を発揮してほしい!

 

今の金融機関が、「成年後見人は便利なワンポイントリリーフ」と勘違いしている、ということはないと思う。
預金凍結が各種メディアで問題視されるようになった今も、そのような勘違いが続いているなら、銀行はこの市場に存在する意義がない。

 

これ以上銀行は、大事なお客さまを「ミスリード」しないでもらいたい。
実は先日、「窓口」でこんな光景を見た。
『この人、
認知症?』と見えた高齢婦人の引き出し依頼を、ベテラン行員がていねいに声を掛けながら、手続きをしていたのだ。
後ろの役席者を振り返らず、自分の責任で淡々と処理したように見えた。
『男前だねぇ、この人』窓口にいたのは女性だが、私は感嘆した。

 

時と場合によるであろう。
正義は「法令順守」であり(認知症の)疑いあれば口座凍結、が正解であることも、誤りであることもある。
しかしこういう行員がいないと、
高齢者は生きていけないのではないか。
その日、私はスカッとした気分だった。

 

■一銀行、一生保のためなんかに「成年後見」を使うな!

銀行の役席上位者は、成年後見をワンポイントリリーフのように使える、と思っているのかもしれない。
しかしその認識は違う。
成年後見人はゲームセットまで交代なしの超ロングリリーフ。
恒久的な準強制的な代理」というのがこの制度の本質だ。
お客さまにとっては最悪な制度であるが、「銀行の安全」を考えれば、銀行にとっては好都合ではある。

 

<認知症患者に預金の払い出しを許せば、他の家族から銀行自身が批判を受ける恐れがある。裁判沙汰に巻き込まれるくらいなら「成年後見制度を使ってもらった方が(当行に)障りが出ない>
と役関上位者は判断する。
だから「お客さまにはそのように(後見制度を使えと)言いなさい」と、マニュアル化させて下におろす。

しかし、「成年後見人」とはどのような存在か。
成年後見人のみが「意思能力を欠いた本人(成年被後見人)」の代わりになれる理由は、➀本人の財産を守るため、➁本人の身上監護(入退院や施設入所の手続き)をするため、に民法で規定した代理人だからだ。
”本人のためにする”ということが大前提になっている。
成年後見人が本人の預金を(本人に代わって)引き出せる行為は、決して「家族に頼まれたからやってやる」などという次元のものではない。
本人の療養費に充てる等の、本人を守る理由があるからこそできることなのだ。

 

この点、金融機関は”単純な本人の代理”、まさに銀行や生保が自ら判断するというリスクから守ってくれる”(銀行にとっての)便利な代理人”として使っていることとは真逆である。
法律が認めた「公的な代理人」である成年後見人を、一銀行、一生保のリスク回避のために使われたら、お客さまはたまったものではない
現状の成年後見の使われ方は、法の精神が著しく曲げられた異常事態である。

 

■大事な財産はすべて成年後見人が預る

以上、認知症の人がいる家族にではなく、制度運用者や金融機関批判に行数を使いすぎてしまった。
ここからは成年後見制度を使うかどうか考えている人のために、警告を発したい。

 


成年後見人は、銀行や家族のために本人を代理して預金をおろしているわけではない。
だから引き出した現金を家族にホイホイ渡し自由に使わせる、などということは絶対にない!
本人の療養費に充てるのが目的で預金をおろしたなら、家族に触れさせることなく、施設側の通帳に振り込む手続きをする。
その時、家族の存在は考慮されない。
相談もしないし、報告もしない。
職業後見人は裁量で財産管理を行う。

 

財産とは、▼預貯金通帳▼保険証書▼有価証券▼不動産の権利証(登記識別情報)▼実印・銀行印▼印鑑登録カード▼年金関係書類▼重要な契約書類──などなど。
本人に係る一切の財産、または大事なものはすべて成年後見人に預けられ、管理されることになる。
家族には「本人の財産が今どれくらいあり、それをどうしたか」なんて、いちいち知らせない。

 

家族がなぜ成年後見制度に不信感をもつのか、は以下を列挙すれば想像がつくだろう。
➀ワンポイントリリーフどころか、成年後見の事務は本人が亡くなるまで続く。
 ※<本人の事理弁識能力が回復した場合
>というのも終了事由だが、回復することはまずない。
➁「(お金の)用が済んだからお引き取り願う」などということはできない。
③家族の言いなりにならないから解任する、というわがままも通じない。
④成年後見人のバックには家庭裁判所が控え、本人が不利益にならないよう目を光らせているからだ。

【注】<③について> 後見人を解任できるのは、本人の財産を使い込む等明らかな不正をした時だけだ。しかし「やっと解任できた。ついに成年後見と縁切りだ」とはならない。別の後見人が付けられるだけである。

 

■家族後見人を優遇し、後見監督人を増やす筋書き

今でも多くの人が「成年後見人には家族が就任できる」と思っている。
それは誤解だ。
現在の運用はそのようになってはいない!
最新の平成30年最高裁統計では、配偶者や息子・娘などの親族が後見人になったのは23.2%
弁護士・司法書士・社会福祉士など職業後見人が就任したのが76.8%だった。

 

法定後見制度が誕生した当時の平成12年の統計では90.9%が親族後見人だったから、完全に様変わり。
親族ではなく職業後見人に、という流れは“後見人の不正”がことさら強調され、一貫して強まってきた。
その偏狭な制度運用は、最高裁判所民事総局が牛耳っているので、今後も続くだろうと思われた。

 

ところがこの4月(2019年)、最高裁が一転して「後見人は親族が望ましい」と言い出した。
職業後見人のあまりの跋扈(ばっこ)に、世間でもようやく「何か変だ」という声が上がってきたからだ。
しかし私には、最高裁の豹変は、付け焼刃の“なまくら判断”にしか思えない。

 

案の定、豹変直後から「最高裁と弁護士会、司法書士会とは、『今後は後見監督人を増やす。それを士業に回す』ことで折り合いはついている」という声が漏れてきた。
家族や親族の後見人が今後、増えたとしても、後見監督人が付けば報酬は発生するし、お金の沙汰以上に“上から目線で財産管理の一挙手一投足が監視される”としたら、家族は今以上に傷つくだけである。

 

■士業後見人の報酬は数百万円!

士業後見人、士業監督人がつけば当然、「報酬」が発生する。
後見人の報酬については、家庭裁判所が発行する資料の中にはほとんど載っていない。
ただ、東京家庭裁判所立川支部が「成年後見人等の報酬額のめやす」という文書を平成25年1月に公表しているので、その数字を紹介しよう。

 

 

月額換算、2万円-6万円、さらに後見監督人が介在すればその分の報酬(1万円-3万円)も上乗せされる、というわけである。
またこの文書にはこんな説明もある。

成年後見人等の後見等事務において,身上監護等に特別困難な事情があった場合に
は,上記基本報酬額の50パーセントの範囲内で相当額の報酬を付加するものとします。

被後見人は70歳-80歳台が多いとはいえ、平均余命は10年を超す。
その間、成年後見人の報酬は年間24万円-72万円だから、後見期間通しての報酬額は数百万円から1千万円を超えるだろう

※【参考】成年後見の生涯報酬を試算、家族信託と比較した記事(2018/2/4)

 

■年1回の施設“顔見せ”でも家裁からおとがめなし

余計なことをあえてていねいに説明したのは、金融機関の窓口等で
「それでは成年後見人を付けてください」
と言われて、「わかりました。成年後見人を付ければ(預金や保険金を)下ろしてもらえるんですね」と家庭裁判所に駆け込むほど気楽な制度ではないことを、認知症の家族の問題で悩む人にぜひとも知ってほしかったからだ。
さらには、ふだん「認知症や病気や事故で判断能力・意思能力が欠ける状態になったら成年後見人を」と言っている”この問題の最前線”にいる金融機関や介護・療養に携わる人たちに知ってもらいたい。

 

以前私は、「成年後見人等は“1円の単位”まで目を配って被後見人の財産を管理しているから、報酬は一概に高いとは言い切れない」と書いていた。
私が甘かった! 前言は完全に撤回する。
財産管理の帳尻合わせだけで月額5万円も6万円も報酬を得ているのだ、1円単位で神経を使うのは当然である。
(銀行は毎日そうしている‼)。
後見される人への思いやりや、仕えるという気持ちがあるなら、報酬が高くても我慢できるかもしれない。
ところが士業後見人の多くは「してやっている」という態度であり、本人に接触することもない。
数百万円の報酬が保障されるされている仕事にしては、雑で、あまりに無関心であり、心が通っていない。

 

 

後見人らは、足しげくなど被後見人のもとを訪れない。
そもそも施設に通いもしないのだから、身上監護が「非常に困難で、負担感が大きい」という場合はマレなはずである。
被後見人の多くは介護施設に入れられてしまう。
あとはすべて施設頼みで、見守りなし。
“後見人”とは名ばかり、ほぼ見捨てられている。
報酬計上のため施設に年に1回、渋々顔を見せるような後見人も、家庭裁判所からとがめられたとは聞かない。
その訪問がタクシーで乗り付け、その費用を1円単位で請求するのが「大変だ」というなら、世の中のサービス業の誰もが「大変の極みですよ」ということになる。

 

■後見業務の実情は家族に報告されない

この後見制度、家族からは成年後見人が何をしてくれているのか(していないのか)、さっぱり知ることができない。
後見人は原則として、後見業務の内容を本人の家族に報告する義務は課されていない。
家庭裁判所からはむしろ職業後見人に対し、「いちいち家族に報告するのは好ましくない」と”指導”を受けるほどだ。
家裁は「家族(の一部)から後見人が影響を受けること」を忌み嫌っている。
だから家族は、いったん後見人等を付けてしまえば、この者たちの行動をチェックしようにもチェックの方法がない、ということになる。

【筆者の感想】「家族は悪さをする存在」という固定観念が司法側にはあるようだ。
この“雑念”こそが、国の制度である「成年後見」をかくも受け入れにくくさせている元凶ではないか。
私の元には何件も、成年被後見人の家族から”後見人の横暴・独善”を訴える声が届いている。
さらには家裁への非難もやまない。
「家裁はなんのチェックもしてくれない」
「家裁は、家族が何を質問しても抗議しても、まともな回答をしない」
問答無用の門前払いと家族に思われたら、この制度、成り立たないのではないか。

 

こういう実態が分かってくると、「預金をしてもらうためのワンポイントリリーフ」のつもりで成年後見人を付けた家族は、「生涯の痛恨事だ!」と、悔やんでも悔やみきれないでいる。

 

■家族を”敵”と見るなら、成年後見などするな‼

以下、成年後見制度についての私の意見を述べたい────
法定後見制度の使い方が、本来の使い方あるべき姿とだいぶずれている。
本人の家族たちが、▼「通帳を解約したい・預金をおろしたい」といったり、▼「死亡保険金を受け取りたい」というのも、ましてや▼「(本人のために)介護保険制度を使いたい」ということを、「それは家族の欲のためであって本人のためではない」と言えるだろうか。

 

金融機関が、あるいは家庭裁判所が、《家族は本人の金を流用しかねない、だからあえて成年後見人を付け家族が干渉できないようにする》ために「この後見制度を推奨している」というなら、それは大きなお世話であろう。
家族の自治”が信じられないなら、そもそもこの制度は成り立たない。
法定後見制度が成立した当時、後見人の9割までが「家族」であったのだから。
間違いなく立法者も、司法関係者も「後見人」としては家族を当てにしていた。
つまり”家族の自治”を頼りにしていたはずである。
しかし今は、「家族は本人の金をかすめ取ろうとする悪いやつ」と家族を”仮想敵”のように思い込んでいる。

 

■成年後見のもう一つの不都合

成年後見制度には、もう一つ、家族にとっては我慢ならない「不都合」がある。
財産管理を成年後見人に頼むと、家族の身上監護権までが奪われる、という不都合である。
信じられないだろう? でも、事実だ。

※【身上監護とは】要介護認定の手続きをしたり、施設への入退所、病院の入退院などの手続きをすること。

 

わかりやすくなるように、例をあげて話そう。
私の両親は、母も父も「要介護度5だった」。
母の意識は数年前から失われていたが、父は脳梗塞で離せなくなったが意思能力はあった。
入院する際、父は筆談で私に「通帳の暗証番号」を教えてくれた。
「こ・れ・つ・か・え」
それで私は、介護費用として父の通帳から施設に自動引き落としができるようにした。

 

両親がこういう状態になるとは、10年前には想像もできなかった。
しかし、想像できないことが、現実になる。
私はまったく不用意だった。
今でこそ人に相続対策などをすすめているが、なんの準備もしていなかった。
菱信が80歳を過ぎてから、ガタガタガタッと来た。
何か対策できそうだったのに、親の病気に対処するのに精いっぱいで、何もできなかった。
8年前に母が倒れたとき以来、その費用は父が払ってきた。
今度もまた、ギリギリのところで父に助けられた。

幸いわが家は、両親ふたりともが寝たきりになったが、成年後見とは無縁でいられた。
病院も施設も、すべて私を療養看護の“司令塔”として、判断を仰いできたからだ。
私が家族の柱だから、当然だと思っていたが………。
これからの日本は、私のようにのんきに無策でいられないかもしれない。

 

もし私の情況でなたが施設から、
「(お父さんには)意思能力がないんですか? それなら入所の手続きには成年後見人を付けてください」
などと言われたら、あなたはどうするだろうか。

 

激怒して当然だ、と私は思う。
「何が成年後見、何が家庭裁判所だ ‼」
一緒に暮らしてきた家族以上に親を心配し、公明正大に親の財産を管理し、その心身の状況を観察して「次に何をすべきか」を判断できる者などおりはしない。
しかし成年後見制度に頼ったら最後、その権利(身上監護する権利)を家族は失いかねないのだ。
財産管理のために成年後見をやむなく使うと、身上監護権まで奪われかねないというのは、大問題である。

 

■今度は「身上監護」で成年後見に取り込まれる⁈

なぜわが家の事例をあげて、金銭とは関係のないこんなことを突然、話したのかというと───
私は今、嫌な空気を感じ取っているからだ。
今までは主に「金銭に関する動機」で、善良な家族までが成年後見制度に絡めとられてきた。
それでもこの制度の利用者は、当初この制度を立案した者たちの机上計算の人数には足りない。
「それでは──」と、今度は施設への締め付けが始まっているように感じられるのだ。

 

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繰り返して言う。
なぜ施設入所や入退院の手続きが家族ではだめなのか!
例えば、手術するしないは、本人しか決められないことである。
だから成年後見人でも、手術の可否は判断できない。
(成年後見人には、予防注射、手術などの同意権はない。まして延命治療云々に口出しする権限もない!)
しかし医療側は「手術への同意」を家族、または成年後見人に求める。

 

家族も「延命」云々に口出しできないのは、成年後見人と同様である。
しかし、医師は必ず家族に聞く、「どうしますか?」と。
医師も人間、誰かに最終判断を預けたいのだ。
(最終責任なんか、取りたくない。
だから家族は、覚悟を決めて医師に諾否を伝える。
権限はなくても、親を見守ってきた者として、自分の思いのありったけを込めて“答え”を出す。
自分が出した答えが親の望んでいたことかと迷い、煩悶しつつ、全責任をかぶる覚悟で伝えるのだ。
背景も家族の歴史も何もない成年後見人に、そういう覚悟を背負い込む度胸など、ないであろう。

 

■大切な人の命を後見人なんかに託せない‼

しかしあなたが、親の財産を動かしたいばかりに成年後見を使えばどうなるか?
身上監護まで成年後見人の仕事とされ、親の医療に口出しができなくなる。
私は父の病の時には、2度、3度と医師に「延命するか否か」と尋ねられた。
私は父の思いを知っていたから、「治療継続」をお願いし続けた。
この判断を、他人の成年後見人ごときがするなぞ、考えられない
大事な家族の命を、他人に握られるなんてことは断じて「是」とし得ない。

 

以上は医療に関してだが、厚労省は介護などについて「成年後見活用」をごり押ししかねないような空気を感じる。
厚労省が施設に迫れば、施設は手もなく家族に「後見人を付けてください」と迫るだろう。
バカ正直に、「家族の身上監護権返上」のお先棒担ぎをされたら、家族はたまらない。
しかし通達ひとつで、どう転がるかわからない。
成年後見という制度には、そういう怖さもあるのだ。

 

だから私たちは、親の財産管理のためにどうしてもこの制度を使わざるを得なかったとしても、本人を今まで見守ってきた家族は、身上監護をする成年後見人の地位だけは、他人に奪われてはならない
家庭裁判所のヒヤリングは必ずあるはずだから、「身上監護は家族が行う」と言い続けてほしい
そうでもしないと、職業後見人の都合で、あなたの大事な家族が、本人の望まない施設に入れられてしまう恐れがある

 

■「後見促進法」という圧力が心配だ

幸い静岡あたりでは、判断能力が衰えた家族の介護や医療のシーンで、「成年後見」を持ち出す施設も、病院もない。
家族がいるのに成年後見人の方を信用したり、行政の指示を金科玉条として、契約から家族を締め出すような者たちは(今のところ)いない。
しかしこのまま行けば、この静岡県でも、そんなことを言い出しかねないような”空気”を感じるのだ。

 

杓子定規に法や省庁の通達を施設に示せば、施設は緊張してこれをうのみにするだろう。
上が方針転換すれば、施設はそのままその方針を家族に伝え、善良な家族は大いに困惑することになる。
介護施設などは県の指定・許可がなければ開業できないので、「成年後見制度普及」のために厚労省や行政などが「使え、使え」と言い始めれば、家族の都合は差し置かれ、「成年後見人を付けてください」と言い出しかねない

 

たいていの人は記憶にないと思うが(メディアに報じられることもなかったから)一昨年5月、「成年後見制度の利用の促進に関する法律」が施行された!
元から使いにくい上に、法律バカたちがガチガチ運用をますますキツクして心底利用しにくい成年後見制度を、国は「利用促進させよう」というのである。
お上に弱い施設たちは、言われれば今までの対応をがらりと変え「これからは成年後見人を付けてください」と言い始めるかもしれない。
まことに憂慮に堪えない。

 

この法律を作った国会議員たちは、介護や医療現場の現実をいかほど知っているだろうか。
そんなことを思うので、この記事がどんどん長くなってしまう……。

 

■成年後見人は手術や延命判断できない

◇成年後見制度でできないこと
これも公的後見に対する重大な誤解なので、繰り返しの指摘をお許しいただきたい。
「医療行為」に成年後見人が同意することはできない‼

医療行為とは、歯科治療やインフルエンザの予防注射など簡単なことから、手術や延命措置などまで広範囲に及ぶが、本人に対する医療侵襲行為に対する判断は本人固有のものであり、代理権等の及ぶものではない。 (一般社団法人コスモス成年後見サポートセンター)

 

成年後見人なら、手術の可否本人の延命についても判断できる、というのは大間違いだ。
財産管理面の公的代理に過ぎない後見人に、命のことまで本人に代わり得る、わけがない‼
”本人固有の権利”と言われれば、家族であっても判断はできないのだ。
家族と昨日今日成年後見人になった者とでは、本人との交流の歴史が違う。
だから医療側は、本人に意思能力がない場合、家族に「どうしますか?」と聞くわけだ。
しかし現代は、家族が身近にいない場合も少なくない時代だ。
その場合は、医療側の多くが成年後見人に許諾を求める。

 

成年後見人は、ゼッタイに判断してはならない(これは絶対的な原則だ!)。
家族はおらず、成年後見人も判断してくれない、ではそんな場合医療側はどうすべきなのか?
医の倫理に従って、あるいは医師としての信念において対応するのみだ。
これが成年後見を行う者の常識だが、成年後見人の中には、医療側に迎合して「(被後見人は)高齢だから(命を維持するための措置は)まぁ、やらなくても仕方ないね」などと答えてしまう者もいる。
この後見人は即刻、解任の対象となるし、人として、重責を担う資格がない。

 

■家族より成年後見人の判断は正しいか⁉

この話を援用すると、先ほどオレンジの文字で示した介護施設の言い分がひどく的外れであることがお分かりいただけると思う。
施設に入居したいかしたくないかは本人の一身専属的な問題なのだ。
しかし本人に意思能力はない。
施設としては誰かと、本人に代わってくれる誰かと、契約を結びたい。
その場合の契約相手が、身近にいる家族より成年後見人の方がふさわしいというのは法律バカらしい解釈というほかないが、先ほど書いたように「促進法」の施行で施設側は「成年後見人に」と豹変しかねない。。

 

しかし「促進法」が何と言おうと、こういう現実があるのだ。

 

家族も成年後見人も本人専属の事項は代理できない。
できないことを無理やりやる場合、「成年後見人なら(民法に則る限り)大丈夫」と思い込むのは勝手だが、現実を少し深く掘り下げれば、そんなものは机上の空論に過ぎないことはすぐにわかるはずだ。

 

考えても見よ!
成年後見人が「よろしい」と言って施設に入ったときに、本人に不測の事態が起き死亡したら、成年後見人は責任を取るのか。
後見人の後ろ盾になっている家庭裁判所は後見人の判断を追認したことに対する責任を負ってくれるか。
100%、そんなことにはならないだろう。
「その時点での入所させる判断は正しかった」と言われるだけのことである。
だから家族に代わって成年後見人に判断させるような、このような運用は、あってはならない

 

■だまし討ちみたいに後見に誘うな!

もうひとつ、金融機関の窓口での対応についても(繰り返しになって恐縮)だが、どうしても申し述べたい。
父親の通帳と印鑑を家族が預かっている場合のこと。
父親の認知症が誰から見ても明らかになると、銀行で預金を下ろしたり預金を解約するのは難しくなる。
あるいは生命保険。
父親が死亡し母親が死亡保険金の受取人になっていた場合、母が著しく意思能力を喪失していると、家族の誰かが母に代わって受取請求をすることになるだろう。
その場合に窓口で、「成年後見人を付けてください」と言われれば、『そんなものか』と後見の審判を申立てる気になるかもしれない。
なにしろ大金の収受がかかっているのだから。

 

申立ての相談があると家庭裁判所では、ていねいに成年後見の制度について説明してくれる(はずだ)。
▼本人を守るための制度であること、▼申立てしたら取り消せないこと、▼必ずしも家族が成年後見人になれないこと、▼家族が後見人になったとしても主な財産は信託銀行に預けられることになり後見人の自由裁量でお金の出し入れができるわけではないこと(1回ごとに家裁に上申書を提出して許可を求めることになる)──などなど。

 

(はずだ。)とカッコ書きにした理由は、私には家庭裁判所がそのように対応した例を聞いたことがないからだ。
少なくとも私が家庭裁判所に行った時にはそんなていねいな説明は受けなかった。
パンフレットをもらい、別室でビデオを見せられただけ。
被後見人の財産が「後見支援信託」として信託銀行に預けられて管理される、ということを説明するビデオだった。
【注】 私がこの記事で諸々「成年後見という制度の使いにくさ」を強調している個所は、制度の運用に疑問をもっていろいろ調べて分かってきたことである。

 

家庭裁判所がていねいな説明をしてくれたとしても、申し立てる気になっている人は、保険金を受け取りたい一心で気持ちが固まっている。
また普通の人が、裁判所で成年後見制度についてあらためて説明されたところで、本当のところ、イメージがわかないと思う。
まさかそれほど使いにくい制度であるとは思っていないで聞かされるので、その重要さ(というより「不都合さ」)にはなかなか気づきにくい。
その結果、通帳からお金を引き出したい、保険金を受け取りたいというだけのことで、成年後見の申し立てをしてしまう人が年間3万5千余人にも上る‼
これは不正義だ、と私は感じている(だまし討ちみたいではないか)。

 

■金融機関は後見人に丸投げするな

「悪い家族」は本人の意思能力・判断能力がないことをいいことに、本人のお金を勝手に使うために通帳から金を引き出したり、大金である保険金を受け取ろうとしているのかもしれない。
そういう悪い家族がいることを私だって否定はしない。
しかし法定後見制度は、入り口でこのような悪い家族の思惑を砕くためにあるのだろうか?
そうではなく、本人の身上監護をする、本人の財産を守る、そしてなにより、本人の残存能力を尊重し本人らしく生きてもらうためにこそ、この制度はあったはずだ(少なくとも2000年の民法改正当時は)。

 

この制度は元々、後見開始を申し立てる家族に強い覚悟がなければ成り立たない制度である。
本人を守るために家族ができることは何か、どうしても成年後見人に頼らなければならないとしたらどんなことを頼むのか、よくよく熟慮して申立てをすべき制度なのである。
今お金が必要だからと、”便利な代理人”のつもりで成年後見人を使えるような制度ではない。

 

金融機関は人から大事なお金を預かっている。
こういう時代だから預けた本人が意思能力を失くしてしまうことは普通にあることだ。
つまり、十二分に予見できることである。
その時の対応を法定後見制度に丸投げするというなら、「銀行の自治はどこに行った‼」と言いたい。
それでは金融機関の役割を果たしていない、お客さまに寄り添っていない。
自行の安全のために法定後見という「制度」を借りて、厄介な自己判断を逃げてはいけない。
お客様に事情を聴いて、ひとつひとつていねいに銀行自身が解決策を見出すべきだ!

 

それほど難しいことではない。
成年後見人が通帳から金を下ろしたときにその金をどのようにするかを書いたこの文章を思い出してほしい。

本人の療養費に充てるのが目的で預金をおろしたなら、家族に触れさせることなく、施設側の通帳にそのまま振り込む。

 

私が銀行に言いたいことの「答え」はここに書かれている。
なにも成年後見人に頼らなくても、この案件を受けた金融機関はお客さまに個別に事情や本人の常況を聴取して、金の使途に納得がいったら上記< >内の文章のように対応すればいいだけであろう。
それが“まっとうな銀行”のやるべきことだと思う。
でなければ認知症患者の凍結資産は膨れ上がるばかりである。
(2030年には認知症の人の凍結資産が210兆円になるという試算もある)

 

■保険金、1000万円までなら後見人不要

生命保険についても同じことが言える。
私が調べた限りでは、死亡保険金の金額が1000万円以下の場合、受取人が意思能力を失っていたとしても受取人の口座に入金することを条件に、受取人の親族による請求を認めている。
「1000万円まで」の基準の根拠がどこから来ているのか特定はできなかったが、ここまでの柔軟性が保険会社にあるのなら、「1000万円以上」についても個別に対応する方法はあるはずだ。

 

法定後見制度は利用する側に大きな負担を負わせる制度である。
金融機関のリスク回避のために法定後見制度に個々のケースを丸投げして、家族に思わぬ負荷をかけることは許されない。

 

 

■認知症対策、「成年後見」だけではない‼

家族が認知症となり困惑の日々を送っている人は、私が書いたこの文章を何度でも読み返してほしい。
そして銀行に言われたから、保険会社に言われたからと家庭裁判所に駆け込まないで
ひとり決めは禁物だ。
相続のことや認知症の問題、成年後見制度についてよく知っている専門家に必ず相談してほしい。

 

さらに付け加えるなら、認知症の傾向が見られたすぐに「対策」を考えた方がいい。
初期症状は必ず現れる。
アルツハイマー型の認知症は今のところ完全治癒は難しいものの、進行を遅らせることは可能だ。
そしてこの段階ならまだ、認知症に伴って起こるであろういろいろな問題について、手を打つことができる。

 

認知症が完全に進んでしまった場合、確かに本人を代理できるのは成年後見人に限られてしまう。
しかし認知症の人がいる家族でも、成年後見人を付けずに本人の生をまっとうさせた家族はいくらでもある。
(むしろそういう家族が大半である)
その一方、本人の認知症をいいことに本人の財産を勝手に使う”老人虐待”を行う家族も少なくない。
しかしあなたが公明正大な人なら、後見制度を使わずに本人の終末期を支えることは可能だ。

 

■重要な契約案件に成年後見人は無力だ

ただし、本人が会社の経営者であったり、マンション・アパートのオーナーであったり、何か重要な契約の当事者になる人の場合、家族では本人を代理できない。
では成年後見人を頼むのか?
違う! 成年後見人が代理できる範囲もまた、限られている。
どんなことでも本人の代理ができるわけではないのだ。

 

考えてもみてほしい。
本人が進めている重要なプロジェクト。
いくつも契約しなければならないことが残っている。
例えば銀行からの借り入れ、成否を握る製品の形状・材質・デザインの決定。
本人の意思こそがプロジェクト進行のカギを握っている。
そんな場合に成年後見人が代打のように登場し、たった1つでも、重要な判断事項を決済することなど、できるだろうか。
成年後見人のその決定を、家庭裁判所は勇気をもって認めることができるのか⁈

 

法律家では100%無理である。
事業は「法律を知っていること」とは違う。
かくしてそのプロジェクトは?
本人の認知症深刻化により後見の審判を申し立てた瞬間にプロジェクトは凍結されてしまう

 

こんなことまで成年後見人はやってくれる、と思っているわけではないにしても、何となく「なんでもやってくれる切り札が成年後見人」のように思っている人が多い。
だから「いざとなったら頼めばいい」と安易に期待するのだが、現実には成年後見人でもできないことの方が多く、事態が凍結状態になって初めて『こんなはずでは……』とほぞをかむことになる。
だから重大事項を抱えている人(や家族)は、事前に成年後見制度を研究し「限界」を知っておかなければダメだ。
成年後見人にはできないことがいくつもあるというより、現実には、単純な金銭の出し入れ(それも家庭裁判所の監視付きで)程度しかできない、と思っていた方が事実に近い

 

■認知症対策なら「家族信託」がベスト‼

認知症対策の切り札だと多くの人が思っている成年後見制度の限界を私はとうとうと述べてきた。
では、どうしろというのか⁈
認知症問題を切実に感じている人なら、問いたくなるだろう。

 

私の答えは「信託という方法がありますよ」である。
法定後見制度は、民法で規定している「代理」という法理に基づいている。
その元にあるのは「本人の意思能力」だ。
「誰々に私の代理をしてもらう」という本人の意思・判断能力がなければならない。
ない場合は「代理」自体が成り立たない。

 

で、本人が意思能力を喪失した場合───
もう「代理」はあり得ないのだ、としたら多くの問題が行き詰まってしまう。
そこで「第三者への代理権を公に認めるため」に法定後見制度が”新設”された。
法定とはいえ、何でも代理できると権限が大きくなりすぎ権利関係を複雑化しかねないので、できることは大幅に制限した。
いや、契約事項は星の数ほどもあり、判断基準もひな形をつくるような簡単なものではないので、(いくら法律知識があっても)本人でない者には代理は(原則的に)不可能なのだ。

 

これに対し、民事信託は平成19年9月に新信託法を施行。
「代理」の法理ではなく、財産の「名義」を変えるという方法で、本人の財産を託された者(受託者)に本人と同様の”所有”に関する権限を与える。
文章にすると非常に分かりにくいが、民法的な発想とは異なる法理で<不可能を可能にする>と思ってほしい。
(今後このブログで民事信託=家族信託について多くの記事を書くつもりだ)

 

■これが「家族信託」のひな形だ‼

この法律により、本人が意思能力をなくす以前に契約しておけば、本人の所有に関する権利の多くを受託者に委ね、本人が病気や認知症などによって意思能力を喪失した後でも、「信託の目的の範囲内で」受託者が本人に代わって「契約で決めた本人の意思」を実行できるようになった。
「信託」というと投資信託など投資商品の一部と思われがちだが(これを「商事信託」という)、民事信託は商事信託とは違う。

 

例えば認知症が心配な父親を委託者…………
イラストを見てもらった方が早そうだ。

実家の信託のイラスト

お父さんの認知症が心配になってきた姉妹ふたりの提案で 信託契約が結ばれた例。
委託者はお父さん(まだ認知症ではない)
受託者 長女
受益者 父(この信託によって実質的な利益を得る人)
第2受益者 母(夫が亡くなったら受益権を引き継ぐ人)
受益者代理人 妹(父の認知症が進む過程で父の意向を受託者に要求する人)
信託の目的 父の認知症がひどくなったときには実家を売却し、その売却益で父と母を介護付き住居に住まわせる。

 

この信託を締結しても両親は今まで通り自宅に住み続けるだけ(委託者がそのまま利益を享受するので贈与税はかからない)。
受託者である長女も、当分は固定資産税を信託財産から払い込むだけだ。
父の認知症が看過できなくなったら、受託者は自宅売却に奔走。
その益金で両親を新たな住まいに移ってもらう。
父親がやがて亡くなったとしても信託は終了せず、母は受益権を引き継ぐ(税務的にはここで相続税が発生)。
母が亡くなったら信託は終了。
残った財産は「残余財産」として姉妹ふたりが受け取る(あらかじめ契約書に「残余財産帰属権利者」として姉妹の名を書いておく)。

◎「家族信託」について今すぐ知りたい方はコチラ↓
★成年後見より家族信託を使え! 認知症対策の切り札を解説

 

■家裁に監視されない財産管理手法

長くなったのでこれ以上、家族信託について書くことは控える。
このイラストのように、委託者、受託者、受益者という3人の当事者が「家族」である場合が多いため、このような民事信託を「家族信託」というようになってきた。
家族信託は成年後見制度と違い家庭裁判所が登場することがないので、(契約書という”シナリオ”に沿って)何をするかを当事者間で自由に決めることができる。
財産の所有名義を契約時点で「委託者」から「受託者」に換えるので、受託者は契約の当事者として(この場合は「実家」という不動産を)改修したり売ったりすることができるわけだ。

 

成年後見よりダンゼン自由度が高く応用が利くので、私も認知症対策の重要なツール(方法)として最近は、遺言・任意後見制度を使う方式から「家族信託契約」を採用する場面が多くなってきた。先日はアメリカからのメールに応え、何回も何回もメールでやり取りをして(依頼人が来日した日に合わせ)静岡の公証人役場で「実家の信託」の契約書を締結することができた。

 

■『認知症対策=家族信託』と刷り込んでほしい

最後は「家族信託」のPRのようになってしまった。
言いたかったのは、「認知症→だから成年後見」という刷り込みは捨ててほしいということ。

➀多くの場合は成年後見制度に頼らなくてもなんとかなる(認知症家族の95%はそれで乗り切っている)。
②(定期預金の解約など、金融資産の一部については成年後見人でなければできないが)介護費用の収受、死亡保険金の受け取りなどは、工夫と(金融機関との)交渉次第では家族でもなんとかなる場合が多い。
③「親の様子がおかしい。認知症?」と家族が感じたときから「対策」を始めるべきである。
預金が凍結されるようでは、家族信託はしたくてもできなくなる───
⑤認知症は必ず悪化するから、「最初のサイン=対策できる最終期限だ」と思ってほしい。

ということを分かってほしかった、ということである。

 

私は行政書士として「認知症成年後見制度」について強い関心を持っている。
認知症の対策として「成年後見」がベストだとは到底思えず、「家族信託」の可能性に気づき、今はそちらにネルギーを注いでいる。

<最終更新:2019/9/4>

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静岡県家族信託協会

ジャーナリスト石川秀樹
相続指南処行政書士

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『認知症の家族を守れるのはどっちだ
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コメント

    • 小栗浩
    • 2019年 2月 24日

     石川秀樹先生、初めまして。私はNPO法人静岡県成年後見サポートセンター正会員で、本田技研工業(株)浜松勤務の「その他登録特定社労士」小栗浩と言います。今は家のローンや老親の面倒等があり、会社は定年まで続けるので、即、成年後見人になるという訳ではありませんが、将来、成年後見人を目指している者です。社労士は開業する気はありません。あくまでも「その他」登録を貫き、将来、福祉系大学で社会福祉士を取り「ぱあとなあ」に入って、成年後見人をと考えている者です。その心は「すべての社労士が事業主側の人間じゃない」ってのを実証したいからです。ちなみに父は社労士に退職に追い込まれ、今でも社労士を凄く恨んでおり、私は生涯「その他登録」という約束で登録しました。成年後見は社労士業務じゃないから開業の必要性もありませんし、父が亡くなる前にすべての社労士が事業主側の人間じゃない事を観てもらう為に登録しました。私は社労士が年金や保険を扱っているのに、何故、成年後見をやらないのかが不思議でなりませんでした。それを口にして「個性的だ」と一蹴され、馬鹿にされた事もありました。でも、社労士の中にも本気で従業員の親御さんの為に成年後見をと考えている埼玉県社労士会の成年後見等部会(当時)と出会い、何とか日本成年後見法学会の正会員にまでたどり着きました。もちろん、これからも仕事と平行にやって行くのだから絶対的な事は言えませんが、これからも未来の成年後見人を目指して頑張って行く次第です。今回、石川先生のhpに辿り着き、何とも過激な・・・・と思いつつも「これ、しっかりと見つめなければ」と思い、メールさせていただきました。もし、気を悪くされたならば申し訳ありません。確かに強烈で頭が痛いかもとは思いましたが、適切な事が書かれており、今後、気を付けるべき事と認識させられました。間違っていたならば最初に謝らせていただきますが、この家族信託の事柄が私を日本成年後見法学会の正会員に推薦してくれた遠藤英嗣先生(弁護士)が成年後見講座で同じ様な説明をされていたので、もしかして、石川先生も遠藤先生と何らかの繋がりがあるのでは・・・・と思い、メールしました。遠藤先生も同じ様な事を言われておりました。その上で「それでもやって行きますか!?」と言われ、返事をしたら「推薦欄に私の名前を書いて置いて下さい。」と言われ、私は日本成年後見法学会の正会員となりました。年が明け、また、この家族信託を見るとは正直、本当に遠藤先生の言われていた事に、ただ、なるほどと思わされるばかりです。凄く過激にも感じましたが、目が覚めた思いです。石川先生、私が何故、司法書士を目指さず、社会福祉士経由でプロの成年後見人を目指すかと言いますと、社労士と同じ厚生労働省管轄の資格という事もありますが、私も報酬が過剰に高いのは、ちょっと違うかもと言う気持ちがあり、低額案件が多く、営業に走りづらい業種だと思ったからです。本当の意味での社労士(私が描いている後見業務を行う社労士)になりたいから、その為に社会福祉士のノウハウも必要と感じ、この選択肢を選びました。ただ、今すぐには出来ないので(長期有休が1ヶ月も取れないから、どうしても実務研修が受けられないので。)今はFP技能士1級を目指し、本田技研在籍中は「FPその他社労士」としてアマチュア社労士として、成年後見の勉強の日々を送り、準備しております。くだらぬ事を長々とすいませんでした。石川先生のhpを見れて、本当のよかったです。肝に銘じて取り組んで行きます。ありがとうございました。

      • admin-shintaku
      • 2019年 3月 04日

      小栗浩さま
      コメントをありがとうございます。
      この記事の筆者、石川秀樹です。
      成年後見人をめざしているのですね、がんばってください。
      私の周りにも、誠実に成年後見人としての任務を果たしている行政書士の先生方が何人もいらっしゃいます。
      沼津信用金庫でも、OBを中心に後見業務に邁進している方々が実績をあげています。

      こういう人たちを、私は尊敬しています。
      私の記事が強烈に「現在の成年後見制度の運用」を批判しているにもかかわらず、一方で、この制度の理念を実現しようと懸命に働いている人たちもいること。
      それが救いです。
      家族信託の契約書を書いていて、「最後はどうしても成年後見制度に助けてもらわなければならない」という事例があります。
      家族だけで永年にわたり、介護や看護、生活全般を支え続けることは難しいことです。
      支える側が高齢となり、また寿命が尽きてしまうこともあり、その後のことを考えると、この制度に頼る他りません。

      ですから、制度としての成年後見は絶対に必要です。
      しかしながら「家族」を信用しない今のこの制度の運用では、普通の家庭に「この制度を使いなさい。使って安心ですよ」とはとても言えない。
      ですから現状、私の記事は、警告ばかり発することになっています。

      この制度にとって、小栗さんのような志をもつ人が成年後見人を目指してくれることは、大きな希望です。
      私自身、メールをいただいてうれしくなりました。
      法律バカたちが作り上げたこの運用にはうんざりです。
      怒りは私ばかりではないですから、成年後見制度の当初の理念を見失った今の運用は、いずれ現実に否定されて、舵を切り替えざるを得なくなるでしょう。
      どんなときにもこの制度に必要なのは、被後見人のことを真剣に思う後見人の存在です。
      小栗さんのような人です。
      今後のご健闘を祈っております。

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