★認知症の妻を家族信託で守る! 夫の遺産を管理者付きで渡せます
あなたの奥さんはすでに認知症を発症している―――。
そんな妻を、あなたが財産を遺せば守れますか?
『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』
この問題は、拙著の最重要なテーマのひとつです。
もちろん家族信託で、この問題は解決します。
というより、家族信託のメリットをもっとも活かせるケースがこれ、といっていいでしょう。
きょうは具体的に、その方法と考え方を解説しましょう。
■認知症の妻に財産を遺すとどうなる?
《仮想あなたの家族》
あなた(甲) 80歳
認知症を発症している妻(乙) 77歳
東京住まいの長女(T) 50歳
東京住まいの長男(C) 48歳
《あなたの財産》
自宅不動産(家と土地)3000万円
預金 2000万円
生命保険 1500万円(受取人は乙)
有価証券 1500万円
………………………………………………………………………
公的年金(妻の老齢基礎年金含む)360万円/年
あなたは妻とふたり暮らし。
娘と息子は、東京の大学に入学して以来、親元から離れた。
資産、年金の額とも、老後が不自由となる状況ではない。
ただ、あなたは憂うつだ。
50年以上も連れ添った妻に、認知症の傾向が現れてきたから。
娘も息子も、今さら同居できる環境ではない。
認知症の妻をおいて、『私は先に他界するかもしれない』。
それで遺言を書いてみた。
<妻には自宅と保険金1500万円と預金1500万円>
<娘と息子には預金と有価証券で各1000万円>
総資産8000万円。妻には自宅と、すぐに使える3000万円を残す。
子に1000万円を渡すのは彼らの遺留分を考えてのことである。
が、本当にこれで妻の老後は安心、と言えるのだろうか。
『もしも妻の認知症が悪化したり、自宅でひとり暮らしができないほど介護度が進んだ時には………、
むしろ自宅を売って、そのお金で施設や介護付き有料老人ホームに移った方がいいかもしれない。
しかし妻が相続する自宅は、所有者が認知症でも売ることができるのか?』
■妻に遺した口座が凍結、誰も使えない!?
あなたの心配は当たっている。
妻の認知症がひどくなっていたら、相続そのものさえ難しくなる。
遺産分割協議は、各相続人の判断能力がなければ成立しないからだ。
この点、あなたは「遺言を書いたから大丈夫」と思っているが……、どうか。
<遺言があれば、妻の判断力にかかわらず、相続は行えますよ>
よかった、危機回避。ではあるが……、
認知症の妻に財産を遺したところで、そもそも使えるのだろうか⁉
相続により、不動産の名義は認知症の妻に移転する。
不動産の売買は契約行為である。
買い手が現れても、認知症の妻とは契約できない。
認知症により、妻の契約能力は失われているから。
(※民法では、自分がすることの意味を理解できない人との契約は無効とされる)
そのような物件の仲介に乗り出す不動産会社はないだろう。
さらに、預金の場合はもっとずっと深刻だ。
遺言に「遺言執行者」を指名しておけば(長女でも弟でもいい)、遺産の3000万円を妻名義の通帳に振込むことはできる。
しかしそのお金を月々の生活費として、誰が引き出すのだろう。
妻はキャッシュカードを作っており、暗証番号も子に伝えてあるから、当座、誰かがそのカードで引き出すことはできる。
しかし名義人が認知症である口座から、ずっと家族が引き出し続けることは難しい。
いずれ、銀行から口座を凍結される可能性は高い。
かくして、認知症の妻に遺した財産は誰も使えなくなってしまう。
「普通の遺言」ではダメだ、何か、ほかの対策を考えよう。
■負担付遺贈の遺言にヒントがある
そこで考え出されたのが「負担付遺贈の遺言」という手法だ。
負担付遺贈の遺言とは、このようなものである。
<私は、下記不動産と金融資産を長女であるT(生年月日)に、以下の負担をかけることを条件に遺贈する。
Tは、母乙(生年月日)に対し、乙が生存中、その生活費として〇〇万円を毎月支給すること。>
これにより娘Tは、母乙の生活を保障する道義的な責任を負い、他の相続人より多くの遺産を得る。
■「違う人に預けて」管理させる
この遺言の何が、「普通の遺言」とは違うのか、お分かりだろうか?
(多分)切羽詰まった人だからこそ思い付いたのだろう。
それは、救いたい本人に遺産を渡さず、他の者に渡す、という大胆な発想だ。
そして「他の者」に、こんな条件を付ける。
《お前に弟より多くの財産を遺そう。その代わり、お前はお母さんの面倒を一生みてほしい》
アメとムチ、というとなんだか卑しく聞こえそうだが、遺言者の思いはとても合理的だ。
はっきり言って、認知症にかかっている相続人を(民法の枠内で)守る方法は、これしかない。
先ほどから書いているように、認知症の本人に財産を渡してはいけない。
みすみすその財産を「動かせない財産」に変えてしまうことになるからだ。
だからこそこの遺言の書き手は、別の者に遺産を持たせた。
負担付遺贈の遺言にはいくつか欠点があるので、後でまとめて解説するが、「本人にはあげない」というこの発想はすごい。
民法では、「所有権」が強すぎるために、所有者の認知症は「処分権限の喪失」という甚大な結果を引き起こし、資産を何も動かせなくなってしまう。
だから、本人にあげずに誰か他の健常な人に財産を持たせれば、この問題は一挙に解決するはずだ。
実はこの点こそ、私が「家族信託で行おうとしていること」そのものだ。
問題があるとすれば、余分に財産をもらう人が、ちゃんと遺言者との約束を守るかどうか。
■ 負担付遺贈の遺言の10の欠点
負担付遺贈の遺言には、すぐ分かる欠点が3つある。
1つ、Tが遺言者の思惑通りに動くとは限らないこと。
2つ、甲は、生きているうちにこの遺言の成否を確認できないこと。(遺言だから当たり前ではあるが)
3つ、今は家督相続がなくなり均分相続になっているので、条件(負担)を付けたとしても、他の相続人が反発すれば遺留分の問題が出てきてしまい、遺言者の配慮が吹き飛ばされて“争族”を招きかねない。
さらに細部まで突っ込むと、
①Tに、他の相続人より過分な相続税がかかる。
②Tは「母の生涯にわたる生活費」を預託された形だが、自己の財産と分別管理ができない。
③その結果、他の相続人が「約束の実行」を見届けたくても、事実上不可能になる。
④Tが亡くなると、(Tの家族にはなんの義務もないので)約束が継続されない恐れがある。
⑤“母扶養のための資産”の意味合いがあった父からの遺産は、(Tが亡くなると)Tの家族に相続されてしまう。
⑥遺言者の「指示」は変更できず、時代や環境の変化に即応できない(「月額○〇円」の価値が下がることも考えられる)
⑦Tひとりが責任を負うが、遺言者に信頼され遺産を多く受け取るので嫉妬が生まれ、他の家族から孤立していく可能性がある。
付け加えた「7つの欠点」は、ちょっと辛口すぎるかもしれない。
計10個の欠点は、負担付遺贈の遺言の欠点というより、民法そのものが抱える「限界」だと、私は思っている。
■実現させたいのは、この7か条!
この「民法の限界」を何とかしてしまうのが家族信託だ。
実現したいのは、「遺産を直接妻に渡さずに、しかも妻のために公正に使う仕組みを作る」ということ。
そのため、以下の7つの条件を実現する。
❶娘Tは「母の生活費を託され見た目の財産が増える」が、このことで損も得もしないこと。
❷Tに渡した遺産は、妻の分が含まれているので、ごちゃ混ぜにしない(分別管理をする)こと。
❸万が一Tが死亡しても、妻への給付は継続され、娘Tの相続人のものにならないこと。
❹Tが好き勝手に財産を使わぬよう、他の家族がチェックできるようにすること。
❺遺言のような単純な指示で終わらせず、環境変化に順応できるようにすること。
❻その「仕組み」を、父甲が生きているうちに作ること。
❼甲が亡くなった後もその仕組みは存続し、母の晩年を守ること。
つまり「負担付遺贈の遺言の欠点」すべてをクリアし、しかも甲が生きている間に仕組みを作り上げる。
そんなことができるのだろうか。
家族信託を使えばできる。
まず、「母以外の者に財産を託す」ということを、信託法を使って実現させよう。
<イラストD>を見てほしい。

妻を守るのが目的なのに、なぜ夫が登場してくるのだろう……。
(おっと、イラストを間違えた!! わけではありません)
認知症の妻のための対策なのに、なぜ夫甲がイラストに登場してくるのか。
少しややこしいが、それを説明したい。
妻は認知症を患っている。直接、財産を妻に遺しても、彼女はそれを使えない。
だからここまで、「負担付遺贈の遺言」を紹介した。
妻ではなく、娘に遺産を持たせればいいのである。
しかし、グッドアイデアではあるが、この方法には欠点もある。
だから「家族信託」を登場させる。
家族信託は二刀流だ。単なる認知症対策だけのツールではない。
このようにいろんな困難か予想される相続の場においても、家族信託が強力な援軍となる。
父甲は、80歳の今も頭はキレッキレ、100歳まででも認知症の「に」の字もないだろう。
その甲が、あえて委託者(兼当初の受益者)になるというのが、この信託の工夫だ。
こんな信託である。
受託者(T):財産を託される人(名目的な所有者になる)
受益者(甲):託された財産から実質的な利益を得る人(実は「委託者」と同じ人)
第2受益者(乙):甲が亡くなってもこの信託は終わらず、2番目の受益者に妻乙がなる
信託財産:甲の財産の一部。自宅と金融資産。「所有者」としての名義は、委託者→受託者に移る。
①財産は、甲がTに渡す(信託する)。
②渡した後、財産の名義は甲(個人名)から「受託者 T」に換える。
③しかしTは、その財産を自分のためには使わず、甲のためにのみに使う。
④Tが獲得する名義は、Tに「管理権」を持たせるための便宜的なものである。
⑤自分のためには使えない財産なので、Tは「真の所有者」ではない。
⑥Tは、いわば財産管理人としての「名目的な所有者」という立場になる―—わけである。
ここまでが、甲が存命中の受託者Tの役割と立場だ。
大事なのは「②」の名義変更、[財産の名義を委託者名→受託者名に換える]ことにある。
所有者という「人」を代理させるのではなく、「財産の名義そのものをチェンジする」ことで生み出した新手法が信託だ。
この辺は、以前のブログ記事で詳しく書いたので、お読みいただきたい。
《参考記事》■家族信託は「名義」を換えて管理する
■甲の財産を「受益権」に換える
この信託は「受益者連続型の家族信託」という。
信託契約書で、あらかじめ第2受益者を決めてあるから、甲が死亡してもこの信託は継続する。
甲が信託した「信託財産」はどうなるのか。
契約書では、妻乙が信託財産の全部を“新たな受益権”として獲得することになっている。
具体的に言えば、自宅不動産に住み続け、残っている信託財産から定期的に給付を受ける権利を得る。
ややこしくなるので書きたくないが、いちおう説明しておこう。
信託契約上は、乙が得たのは受益権だが、税務署は「信託財産はすべて乙が相続した」とみなして、相続税の対象とします。
だから、「財産を信託しているから相続税を免れる」「相続財産に気ならない」なんてことにはならない。
税務署は、信託はないものとして、相続税計算をしていきます。
信託の話に戻ろう。
甲の財産は、見た目には何の変化もないけれど、信託財産とした以降は「甲の財産」ではなく、受託者Tが管理する財産に換わり、甲がそこから得る利得(❶自宅に住み続けること、❷金融資産から生活費や医療費などを得ること)は「甲の受益権」に換わっている。
以上、当たり前の話で、心身健常な甲があえて娘Tと信託契約を交わしたのは、自分の財産を信託財産に換える(それを甲が得る場合は「受益権」という)ためだった。
なぜそんなことをするのかといえば、受益権となった財産を(自分の死後に)妻乙に信託の枠内で承継させるためだ。
妻が甲の財産を受益権として受け取れば、娘Tが受託者として、常にその財産を管理して手渡してくれることになるから。
■健康な夫がまず委託者になる
Tが信託でしていることは、もしTが「負担付遺贈」による甲の遺産を受遺者として得ていたら、“負担”の実行として母乙に定期給付したであろうことと同じだ。
遺言の場合は、甲から相続した財産はTの固有財産になるけれど、受託者Tが得ている(事実上は「管理している」にすぎない)財産は、名目上だけTの財産であり、実質は母のためにのみ使うことができる“きゅうくつ”で宙ぶらりんの財産だ。

委託者甲の狙いは、はじめから自分が他界したときの<妻への財産の渡し方>にある。
きゅうくつな分だけ、甲の遺志は家族信託の受託者Tによって、確実に果たされそうだ。
信託財産はTの固有財産ではないから、Tが死亡したとしてもTの親族に相続され消えてしまうこともない。
さらに「自宅」という信託財産は、契約を交わすときに「将来の売却」を想定していれば、Tはいずれ実家を売却して、母のために使う信託金融資産を増やすこともできる。
乙の介護度が増し、自宅でひとり暮らしができなくなったときが、売り頃ということになろう。
適切なタイミングで売り抜ければ、実家の空き家化も防ぐことができる。
■受託者を監視する人も作れる
家族信託では、▼委託者▼受託者▼受益者のほかに、▼受益者代理人、▼信託監督人を置くことができる。
受託者の行動を監視するのは、通常は受益者だ。
しかし今回の家族信託のように、受益者は認知症になることが予想されることも多い。
それでは自分の財産がどのように使われるか、チェックができない。
そんな場合に備えて、受益者代理人が受益者と同様の権限を持って、受託者の行動をチェックできるようにしている。
今回は、弟のCが受益者代理人となって、乙の代弁をするのが妥当だろう。
(信託監督人も同様の機能を発揮するが、説明は割愛する)
■家族信託は、遺言の欠点を克服する
今回は[「負担付遺贈の遺言」を進化させる家族信託]というテーマが私の中にあった。
信託は負担付遺贈の遺言の欠陥を解消できだろうか、検討結果は以下の通りだ。
- Tに、他の相続人より過分な相続税がかかる。
乙が亡くなり信託が終了したとき、乙の受益権を「所有権」に戻したうえでTとCが承継するので、必ずしもTが得するとは限らない(分配比率はあらかじめ契約書で決めておく)。 - Tは「母の生涯にわたる生活費」を預託された形だが、自己の財産と分別管理ができない。
「分別管理」は信託法で義務付けられているので、受託者Tが厳格に分別管理ができるよう「受託者用通帳」を作る。 - その結果、他の相続人が「約束の実行」を見届けたくても、事実上不可能になる。
受益者代理人や信託監督人がTの行動をチェックすればいい。(それが“家族の自治”だ) - Tが亡くなると、(Tの家族にはなんの義務もないので)約束が継続されない。
家族信託は、Tに第2受託者(Cが候補)を決めておけば、Tが万一死亡したとしてもCが乙の財産管理を継続できる。Tの推定相続人は、信託財産に手を出すことができない。 - “母扶養のための資産”の意味合いがあった父からの遺産は、(Tが亡くなると)Tの家族に相続されてしまう。
Tが管理している信託財産は「乙のために使われる財産」であり、Tの個人財産ではないから、Tが死亡したとしてもTの家族には1ミリの権利も発生しない。 - 遺言の指示は変更できず、時代や環境の変化に即応できない(「月額○〇円」の価値が下がることも考えられる)
受託者の判断で、乙への給付や信託財産の使い方は変更できる(契約で「TとCとの合意により信託内容を変更できる」とすることもできる)。 - Tひとりが責任を負うが遺産を多く受け取ったことから、他の家族から孤立していく可能性がある。
この信託の縁の下の力持ちは確かにTだが、Tは必ずしも得をしない。最終的に受け取る財産は、契約書作成時にどのようにでも決めておける。
負担付遺贈の遺言の7つの欠点は、すべて家族信託が解消している、といってもよいのではないだろうか。
■親なきあとの問題解決にも“光”
この手法は「認知症の妻」を救うだけでなく、《親なき後の問題》をも解決する力がありそうだ!
知的障がい者、重度の身体障がいをもつ人、薬物やアルコール依存症、ひきこもり、極度の浪費家………………。
これらの人を第2受益者とすることで、成年後見に頼らない道が見えてくる。
親なき後の問題は複雑多岐にわたるので、お金の受け渡しだけで「完全解決」になるわけではないが、親の不安の大きな部分を除いてくれるだろう。
認知症対策と同時に、私は親なき後の問題解決の一手法として、家族信託を磨きこみたいと願っている。
<最終更新:2022/11/8>

◆61歳で行政書士試験に合格。新聞記者、編集者として多くの人たちと接してきた40年を活かし、高齢期の人や家族の声をくみ取っている。
◆家族信託は二刀流が信念。遺言や成年後見も問題解決のツールと考え、認知症➤凍結問題、相続・争族対策、事業の救済、親なき後問題などについて全国からの相談に答えている。
◆著書に『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』。
◆近著『家族信託はこう使え 認知症と相続 長寿社会の難問解決』。
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