★プロローグ 家族信託とは何か 「あなたの“分身”をつくる仕組み」です

家族信託の本から

家族信託とは何か」について昨年パンフレットを作ったとき、第1ページに載せたイラストがこれです。
「あなたの“分身”をつくる仕組みです。」がキャッチコピー。
左側が父で「委託者」そして当初の受益者でもあります。真ん中は母、「2番目の受益者」になる人。そして右は娘、家族信託の主役となる「受託者」です。

 

(本)プロローグ家族信託とは何か

 

私の頭の中にあったのは、実は合鍵(スペアキー)のイメージでした。

 

合いカギを持つ

 

鍵を持たずに出かけたある日、帰宅するとあいにく家人が留守。締め出された私は、『車には1本スペアキーを置いていた』と思い出しました。ところがこの日は徒歩で駅に向かったため万事休す。目の前に家があるのに長時間の待ちぼうけとなりました。
この状況、高齢になって判断力が落ちたり、認知症になってお金の管理ができなくなる場合と似ているなあ、と思ったのです。
<しまっておいたお金はどこ⁉ 絶対にあるはずなのに。私は今、何をしようとしてここにいるの⁉ 自分のことなのに、何もわからない……>
日常のごく当たり前のことができない、思い出せない。何をするにも自信がない。こういう不安な状態はつらいですよね。でも、しっかりした自分の“分身”がいればどうでしょう、安心できるのではありませんか?

 

 その分身をつくろうよ、というのが「家族信託」の発想です。自分に欠けた部分を助けてくれる合鍵を作っておこうよ。上のイラストに鍵は出てきませんが、会話で表現しているのはそういうことです。

 

ここからちょっと難しいお話をします。
たまに必要になる“合鍵”なら、今でもあります。「委任―代理」という方式です。ある人(Aさん)が別の人(Bさん)に事務を委任することによって、BさんはAさんの代理人として事務をする。父が娘に「私の代わりに○○万円をおろしてきて」と委任状を書いて、通帳と印鑑を持たせて銀行に行ってもらう、というのが典型的な例です。こういう代役は、Aさんが元気なうちなら何の問題もなく立てることができます。

 

ところが今は超高齢社会で認知症多発時代です。そもそも「委任―代理」の前提は「委任する人に意思能力があること」ですから、認知症などでそこが怪しくなってくると合鍵は成立しなくなってしまいます。しかもイラストの父がほしいのは「臨時の代理人」ではなく、恒久的な自分の“分身”です。意思能力も判断能力もある今のうちに、将来衰えるかもしれない自分のために自分の意思に沿って事務をしてくれる人を見つけたいのです。これは、“ないものねだり”に近い、とても難しい要望です。

 

ところがそれに近いことが、昔はできたんですよ。「家督相続」という旧民法(明治31年―昭和22年)が認めていた相続制度です。この制度では、戸主(その家の家長)が亡くなると長男ひとりが全部の遺産を継承・相続します。現在の感覚からすればとても不公平。ただ、ユニークな点がひとつありました。“隠居”という制度です。家督相続の時代、家長はすべての財産を相続する代わりに、一族の面倒をみるという暗黙の了解がありました。責任重大。神経を使う。だから高齢になると『そろそろ私の役目は終わりにしたい、若い者に家督を譲ろう』ということが許されていたのです。自発的な代替わりですね。この代替わり、ほとんど税金がかからず行うことができました。

 

戦後は民法が一変して、相続でも平等主義を貫くようになりましたから、家族の誰かに家督を譲って隠居するなどという制度は消えてしまいました。今それを実現しようとすると、高い贈与税がかけられて損をします。だから誰もそんなことはしない……。
ということなんですが、家族信託」を使うとこの“隠居制度”を、よい意味で復活させることができます

 

イラストで父は「財産管理を全部(娘に)任せたい」と言っています。これに対し娘は「信託すると財産は私の名義に換わるの」と説明しました。しかもこの財産移転について贈与税は一切かかりません。これってまさに隠居の実現です!

 

ただ、少し違うところがあります。隠居は全財産を次世代に譲ります。だからご隠居さんは、気楽にはなるけれど、金銭的にはキュークツ。家族信託はそこが全然違います。財産の管理権は「名義」が移ったことで、受託者である娘が完全に握ります。ところが受託者はその財産を自由に使えるわけではなく、財産がもたらす利益のほぼ全部を受益者のために使います。耳慣れない「受益者」という言葉を、ここでしっかり覚えておいてください。

 

隠居の場合は後を継いだ新しい戸主が家族や一族のために家の財産を裁量的に使いますが、家族信託では、託された財産を受託者は、受益者のためだけに使うことになります。どのような場面でどれだけ使うかということは契約書に「信託目的」として書かれています。受託者はそれを忠実に守る義務があります。結果、父から託された財産を娘は、父に毎月定額給付したり、父が必要な時にはそれに見合うお金を支給するような形で管理していきます。

 

お金の流れを水道に例えれば、水源は父で娘は水道の蛇口の管理者、水道管の先には父がいて、水量調整された水を受け取る、ということになります。元々自分が貯めていた水を自分のために使うだけですから(受託者は蛇口の管理人に過ぎないんですから)、贈与税なんか、かかるわけがありません。

(本)プロローグ蛇口の管理人

 

“現代の隠居”は届け出制ではありません。家族間で契約書を作って申し合わせるのです。面倒だしお金もかかる。何のためにそんなことをしなければならないのでしょう。

 

ひとことで言えば認知症対策です。

 

家族の1人の認知症を放置していれば、いずれ金融資産は銀行に凍結されると「まえがき」に書きました。通帳のキャッシュカードを娘が預かって管理をする、などという対策を取る人は多いでしょう。しかし通常、この管理はとても長く続かざるを得ません。カードを紛失したり通帳の磁気が消えて機械に反応しなくなることもしばしばありそうです。その度に「本人の意思確認」を求められるというやっかいな問題もあります。また子が複数いる場合には、親のお金を管理する人とノータッチの人との間で、あつれきを生じることもよくあります。

 

親の資産を子が管理することは違法でも何でもありません。ただ、(何と言ってもお金のことですから)厳正に行った方が家族の誰にとっても幸せになる確率が高いことは確か。家族で決めたルールの中で皆が一体感をもって“楽隠居”をしてもらう方が、安心です。
(銀行は預金を凍結した時、「お金を引き出したいなら成年後見を」と成年後見制度に誘導するようになっているので、その意味からも家族信託というもう一つの方法があることを知っていることは、重要になります)

 

家族信託はほかにもまだまだ多くの有益な機能を持っています。人生第4コーナーから第5コーナーを家族の力で回りきるために、この活用をぜひ考えてみてください。

 

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