★よくわかる家族信託《超図解》家族信託はなぜ[認知症➤資産凍結]を回避し、[最強の相続対策ツール]になるのか、を解説!

家族信託

家族信託。「興味があるけど、よくわからない」という声をよく聞きます。簡単にいえば、親の代わりに子が親の預貯金や不動産の管理や処分わする財産管理手法ですが、《成年後見とどう違うの?》と頭の中はもやもや。そんなあなたのために「家族信託」をやさしく解説します。
ちょっと長いので、手っ取り早く家族信託を知りたい方は、目次[10.「人」ではなく「財産の性質」に着目した信託」]からお読みください。

 

目次

相続対策ばやり、大切なことは何ですか?

相続対策セミナーが花盛り

相続対策セミナーが盛況です。
生前対策」という言い方もありますね。あたかもあなたのためを思っているかのように、さまざまな業種の専門家が、「節税」や「老後資金の確保・拡充」などを説きます。勧められるままに生命保険や医療保険を掛ける。資産を充実させるために投資信託やラップ口座に手を出す。収益不動産に乗り出す人も少なくありません。
さらに(これは自分の身を切る行為ですが)子や孫に生前贈与をする人も増えています。
生前贈与は財産の先渡しであり、子にとっては相続時の節税になり、教育費負担も減りますから大歓迎。

「対策」といいながら、お金のことばかりです。あなたの心身の健康より、ぜ~んぶ<家族のためのお金の話>。
水を差すようですが、高齢期を迎えたあなたが汲々とするほど大事なことでしょうか。
どうか、「ほどほどに」とお願いします。

老後は誰であれ「万全な人」はいません。
《不安》を少しでもいいから意識してほしいのです。
無防備な楽観は、取り返しのつかない結果を招きかねません。

 

生前対策なら、まず認知症のことを

生前対策というなら、いま喫緊の課題は[認知症リスクへの対応]でしょう。

今の自分は「10年後の自分」と同じでしょうか。
60代、70代になったら、そのことは自覚すべきです。
<あなたの最悪>は何ですか?
お金がないことあっても、動かせないこと!!
「自分でお金を操れない日」が来るかもしれない……
その引き金は認知症や脳梗塞などの、老後に発症しがちの当たり前の病気です。

 

85歳を過ぎてから認知症の人は急増する

認知症高齢者は80代からピークに

資産がある人にとって、節税や相続税に対応するための資金確保はもちろん重要でしょう。
しかし私はリアリスト(現実主義者)なので、上のような統計が気になって仕方ないんです。
男女とも平均寿命は80歳を越え、80歳の平均余命は[女性92.28歳、男性89.42歳] (令和2年簡易生命表)です!
80歳がゴールではなく、あと10年以上先なのです。
健康であり続けなければ思わぬ出費がかさみます。
銀行に預金があっても、引出ができますか?

「私は認知症なんかにならない」といっていても、2人に1人は認知症になってるじゃないですか!!
皆さんは今、赤い楕円の中にいる年齢であり、元気ですから<認知症なんか関係ない>と思うでしょう。
《確率的には高そうだから対策しておくか》なんて人は、100人のうち1人もいなくても、まあ当然です。

 

楽観し過ぎず、“兆し”を感じたらすぐに行動 !!

でも、少しでも“兆し”を感じたら、全力で対策を講じるべきです

認知症類型の中でもよくあるのがアルツハイマー型です。
初期の特徴は、短期記憶の障害
きのうのイベントを覚えていない、朝食を食べたことも。
「もの忘れ」と言われますが、むしろ記憶障害
脳の中で記憶の書き換えができていないんです。

しかし人間の脳は(自分の落ち度を認めず)つじつまを合わせようとします。
例えば、物盗られ妄想というのがあります。
用心のためにと財布をタンスにしまっておいたことを覚えていないと、「財布がない、あんたが盗ったの!?」と(勝手な推論を導き出して)近しい人に当たり散らします。アルツハイマー型認知症の始まりです。
やがて、目的があって歩き出したのに目的自体を忘れてしまい、さまよった挙句に道が分からなくなる、などのことも起きます。

 

認知症になると契約ができない

人からは奇妙に見える行動も、本人の中では<理由のある行動>ですが、他人は理解してくれません。
すると、人間社会では生きづらくなりますよね。

家族信託とは何か1➀

認知症などになると、本人に意思・判断能力があることを前提に行う「契約」は、できなくなります。
銀行に預金するのも「消費寄託契約」といって、れっきとした契約です。
消費寄託契約 預かった金銭を自由に使い、金銭を預けた人から請求があれば金銭で返還すればよいという契約。
契約ですから、意思能力を失うと民法の規定により「契約は終了」。
銀行は口座を凍結して、誰も取引できないようにして“事故”を防ぐ。
お客さまがこの状態になると、誰かに「代理で処理してもらう」ことも無理。

代理を頼む本人の「意思」が確認できないから委任は無効、「代理」が成立していないからです。

代理してもらうには委任状が必要

こういうことは今突然出てきたわけではなく、昭和の時代からありました。だから明治民法以来、財産管理能力を失った家長を代理するために「禁治産(きんちさん)制度」がありました。でも放蕩者・破綻者との烙印を押されるという“不名誉な印象”が強く、この制度は長い間、不人気でした。

 

介護保険制度と同時に「成年後見」がスタート

「それではダメだよ!」となったのは、2000年(平成12年)に介護保険制度がスタートしたからです。

介護保険制度スタート

介護は、行政の措置制度から民間主体のサービスに転換しました。
利用者と介護事業者や病院とが対等の関係(お客さまとサービス提供者)に変わり、サービスを頼むなら「契約」をしなければならなくなったのです。当時、認知症はそれほど大きな社会問題にはなっていませんでしたが、<(意思能力に問題がある人のためには)本人の代わりができる人を公的に作らなければならない>という要請が出てきて、急きょ、成年後見制度が創設されたわけです。
当時も、成年後見制度には一定の需要がありました。
でも前身が「禁治産」ですから使いにくく、民主的な制度にしたつもりでも、やはり積極的に使おうという人はごく少なかった。

 

銀行が口座凍結を始めてから事態一変!

その不人気が、一変しようとしています。
銀行がお客さまの口座を凍結するなどという”暴挙”が、頻繁に起きているからです。
高齢で意思能力が落ちてきて“扱いづらい人”が増えてきました。
かつてはそれでも行員たちは、はれ物に触るようにていねいに応対(でも負担は大)。
しかし今や、成年後見制度という「仕組み」ができたのです。
口座を凍結してお金の流れを止めても、引き出し役の後見人が存在するようになりました。
しかもおかみ(国=この場合は家庭裁判所)のお墨付きの代理人です。
ほんとうに困っているなら「あなたは後見人に頼るべきだ。だってあなたはやっかいな病気を抱えているんだから」
銀行は委任状より電話

銀行は「成年後見制度」ができてからというもの、名義人が認知症で引き出しが困難になると家族の無権代理を遠ざけ、手っ取り早く《口座凍結》に走るようになりました。キャッシュカードを使ってATMから引き出されると家族の不正は防ぎにくい。窓口で家族が代理引き出しをする場合でも委任状は信用できず(誰でも書けますから)、電話で直接、本人の意思確認をしなければならない。手間はかかるし、本当のところ(相手は見えないから)「本人」かどうかさえわからない。

だから銀行は、家族間トラブルに巻き込まれないよう口座を凍結して、「後は成年後見に委ねよう、その方が“安全”だ」と考えるようになったのです。
でもね銀行さん、あなた方が思っているほど「成年後見制度」は手軽な制度ではないんですよ!
成年後見人は決して、本人や家族のために困った時にだけ引出しを代行してくれる「頼もしいワンポイントリリーフ」などではありません。

使いにくい後見制度を使わせたがる銀行

実際、成年後見制度とはこんな制度です。
成年後見人は、<1>本人(後見を受ける人)のお金を管理することや、<2>介護保険や入退院の手続きなどをすること(身上監護)――が期待されています。

成年後見制度を使うと本人は……

そのために、本人の資産はぜ~んぶ後見人自身の管理下に置き、本人や家族とは別の立場で管理します。
ワンポイントリリーフどころではなく、被後見人が亡くなるまで“救援”は続くのです。(その間、もちろん後見報酬は発生し続ける)
後見人等の後ろ盾は家庭裁判所で、後見人は裁判官が職権で一方的に選任します。

2000年に成年後見制度が創設された当時、成年後見人には「家族」が就任するものと思われていました。
しかし、今は法律専門職である士業の後見人が8割になっています。

家庭裁判所が、家族は“財産を奪う者”との印象を強くして(それは必ずしも事実ではなく、一般犯罪比率より家族の“犯罪行為”ははるかに低かったのですが)、「家族という単位」を信用するのをやめてしまったんですね。
ああっ!・・・・・なんということでしょう。

成年後見制度には「任意後見」という仕組みもありますが

成年後見制度は、裁判官が後見人等を選ぶ▼成年後見 ▼保佐 ▼補助という「法定後見」の3類型があります。
また法定後見とは別に、本人が後見役を指名して契約する「任意後見」という形もあります。任意後見人は、家族でも法律専門家でもOK。後見役を自ら選べるので、「家族信託とどっちがいいですか?」と質問を受けることがよくあります。期待が大きいんですね。

 

私はどうしても任意後見推しになれない

でも私にとっては、ちょっと困った質問でして……。
2つは、まったく異なる土壌から出てきた手法ですから、目指すことは同じでも(例:親の老後を守りたい)本来、比較すべき対象ではありません。どうしても比べるなら、「利用者の主観」となるしかなく、公平な優劣とはほど遠くなります。
厳正さ、という観点から見れば、成年後見の枠内にあるだけに任意後見の方が仕組みはガッチリしています。

裁判官一方、がんじがらめに管理されるのはイヤ、今までと同じように暮らしたい、ということに価値を置くなら、家族信託を指向する人が多くなるでしょう。
任意後見人には「任意後見監督人」が必ずつけられ、その“監視”を受けなければなりません。任意後見監督人は弁護士か司法書士のどちらかですから、家族が任意後見人になる場合は、赤の他人から指図されることになります

他人の監視付きとはいえ、任意後見は法定後見とは違い、管理させる財産の範囲を限定できますから「全財産を弁護士後見人に持ってかれた」などという息苦しさは、若干軽減されるかもしれません。

とはいうものの(2つのイラストの左下を見てもらえばわかるように)、どちらの“後見”もやっぱり「後見は後見」。すべての判断や指図が最終的には家庭裁判所の裁判官に委ねられるので、なじみにくいと感じる人は多いでしょう。
人は意思能力を失うと、「私である」こと、「家族(の一員)である」という“特別な存在感”を認められずに、国の指示に服する存在になってしまうという点で、私はどうしても任意後見推しにはなれません

 

「人」ではなく「財産の性質」に着目した信託

私と同じように考える人は多く、最近は成年後見制度に代わる方法として「家族信託」という財産管理手法が注目されるようになってきました。
ここからいよいよ「家族信託」の解説です!!!

家族信託はどうして成年後見制度に代替できるのでしょうか。
公的代理人であるかのように、Aの代わりにAの財産を動かせるようになるのはなぜか。
信託では、「人」にではなく「財産の性質」に着目してある工夫をしているからです。

人の能力を前提にする限り、意思能力を失うと人は何もできなくなってしまいます。
委任する人が判断力を失えば、代理する人の能力も性格も分かりません。
そもそも何を委任したいのかそれさえ分からないから、代理が成立しないのは当然です。
人の能力に依存すると、その能力を喪失すると何もできなくなる

 

“ある工夫”とは、例えば<贈与>です

「人」にではなく「財産の性質」に着目するとはどういうことなのか。
例えばそれは「贈与」です。
AがBに<何か>をあげるということは、Bが<何か>の所有者になるということ。
所有者こそが財産を好きなようにできる全権を握っているのです。

民法では<所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。>(第206条)と規定。
法律違反にならない限り、所有者はその財産を好き勝手になんできると明示しました。
では、所有者である証(あかし)とは?
名義」です。大切な財産については所有者であることが分かるように所有者の名前を付けるわけです。

ならば、こういうことはできませんか?
Aが認知症になったら家が売れない、預金をおろせない。
それなら、あらかじめAが家や敷地、預金口座の名義を子のBに換えておけばいい
名義を換えるのは簡単です。AがBにその“目的物”を贈与すればいいのです。
そうなれば、Bは何をしようと自由。誰からも四の五のと言われません。

 

贈与して「名義」をBに移す、は良策か
名義を移すという発想

問題は見事に完全解決しますよね――2つのことを除けば。
2つのこととは
❶贈与すれば、Bに莫大な贈与税が発生すること
❷Aの目的が達成されても、子のBが親Aにモノを返してくれる保障がないこと
どちらも、とても大きな欠点です。
贈与には「一時的な贈与」という観念がありませんから、❷の問題は大きな欠点です。
でもこの発想、問題解決のための
大きなヒントにはなっています。
この場合の「贈与」の目的は、Bに管理や処分の権限をあたえるために<所有者にした>のです。

でも「贈与」はあげっぱなしですから、Bはれっきとした所有者になってしまう。
例えば「実家」が対象ならこの方法はうまくいくかもしれません。
息子のBが贈与によって家の所有者になっても、父親のAは住み続ければいいですからね。
でも『家を売って施設に入るときの費用にしたい』とAが考えて贈与したのだとすると、この贈与は愚策になりかねません。
家と敷地は一体ですから、土地までBに贈与すると贈与税は莫大なものになります。

第一、売却によって得られた金銭はBのもの。もはやAのものではない(現金を目にすると、Bは目がくらむかも)
親から贈与された不動産を売って大金が労せずして入ったのに、親の療養・介護費用に消えていく。
Bが親孝行でも、大金がみるみる減っていくことに心がざわついても不思議ではありません。
またBの立場で考えると、贈与されて親の家を売るのと、相続してから売るのでは、前者は全然、不利
贈与税は相続税より超割高なうえ、贈与の場合は不動産取得税という地方税もかかるし、売却による譲渡益税も高額です。
『それくらいなら相続してから売るよ』と言いたくなるでしょうが、それでは手遅れだ !!

 

名義を移すもう一つの方法が「信託」

名義を移すために「贈与」を使うというのは、見てきたように、あまり上策ではありません。
でも贈与<財産の所有権をA→Bに移す>という発想は、問題解決の大きなヒントであることは確か。
8割方、この問題の「答え」を示しているようなものなんです。

《贈与して「所有権=名義」を移すという発想》
AがBにモノを贈与する。
● モノの所有権(その証である名義)を「A→B」に移す
● この名義変更は「目的達成」のために行う便宜的なものである。
● 「目的」とは、実家を売却して現金に換えることによりAの介費用をねん出する。
(Bは逆贈与とならないように、Bの扶養義務の行使としてその都度、Aの費用を支払う)
● Aが死亡したらBは“変則的な所有者”という立場から脱して、残余の不動産または売却金の正式な所有者になる。

 

囲み枠で、AからBへの贈与の意図と、それ以降のお金の流れを書きましたが、これはもう《家族信託の原型》といえます。
問題があるとすればA→Bへのお金の移動が「贈与」とみなされ、税金がかかり「Aを救済するためのコスト」が非常に高くつく、ということだけ。
贈与税が発生してしまうという問題を、なんとか回避できないものでしょうか。

 

<信託の起源>から信託を読み解く

解決法として、昔の人は<信託>という方法を思いつきました。
家族信託の始まり>といわれる“通説”を紹介しましょう。

「信託」は、中世のイギリスで、十字軍の遠征に出発する騎士の想いから始まったとされています。
《死は厭わないが、残していく妻子の暮らしをどう守ればいいのか?》
騎士は荘園経営の継続を念頭に考えるでしょう。
不在中でも管理してもらえるように、信頼できる友と委任契約を結びます
《しかし自分が死んだら 契約終了、では妻子を守れない(ただの「委任契約」ではダメだ!)》
これが第一の問題。終了しても困らないようにするには・・・・・
いっそ荘園を売ってお金を妻に渡しておくか。しかし荘園を失えば、運よく生還しても家族の暮らしが成り立たない。
《ならばいったん売るが、生きて戻ったら買い戻す、という特約を付けたらどうか》

買い戻し特約、グッドアイデアです。でも、いったん購入した人は渋るでしょうね。
この問題を解決したのが「信託法的な発想」です(当初は法律ではなく“慣習”として始まったのだと思いますが)
固まったルールはこんなところでしょうか。

《贈与ではなく「信託で名義を移す」という発想》

● Aが荘園を信託財産としてBに信託する。
● Bが管理しやすいように荘園の名義を《管理者B》に換える。
● 名義を「B」にしたら、Bは正式な所有者になってしまう。そこで上のような工夫をしたわけです。
 Aは荘園をBに管理させるために一時的に「名義」を与える。贈与したと勘違いされないように「管理者」の文字を加えておく。
 (現在の信託法でいえば、Bは受託者になったといえます)
● Bは荘園の収益を一定の比率でAとAの妻子に分ける(Aの益権)、残りはB管理報酬
 (現在の信託法でいえば、Aは委託者兼受益者となったわけです)
● 「買戻し特約」という方法に換えて、Aはこの契約に信託期間を設けることを思いつく。
● 信託期間は「十字軍が帰還するまで」。帰還したら信託は終了となる。
● しかし、もしAが途中で死んでも信託は終了させない
 ※ココがポイント!「期間」は契約者の死亡とは無関係。Aの死亡で契約終了だと妻子の収入が途絶えてしまうから。
● 契約には、(Aに代わって)妻子に受益を得続けさせるという信託目的を設定しておくことで「終了」を阻止できる。
 (信託法が当時あれば、受益者がAから妻に移る「受益者連続信託」を組んでいたことでしょう)
● 十字軍が帰還したら信託は「期間の設定」通りに終了。
● Aが生還すれば荘園はAに返還、死亡していればAの妻に帰属させる。
● これで<第三者Bが名義を持ち、荘園の管理だけを行う特別な期間>が終了する。

 

勝手な想像ですが、当たらずとも遠からずの契約条項ではなかったかと思います。
イラストを現在の信託法に照らして解説すれば、騎士Aは荘園等を信託財産とすることで「所有者」の地位を下り、(管理・処分権限である)名義を友Bに譲ったが受益権を得た、ということになります。受益権とは、Bに「荘園から得た富を私の遠征費用と妻子の生活費に回すよう請求する権利」、
民法的にいえば<特定の人に特定の行為や給付を請求できる権利「受益債権」>といいます。
以下、契約条項の主なところをもう少し深く解説しましょう。
ここからは信託法を意識して、▼依頼者→委託者、▼受任者→受託者、▼信託で利益を得る人→受益者、と呼ぶことにします。

 

受託者は管理者だが、空っぽの富の所有者となる

上のイラストともう一つ、下のイラストを見比べながら読み進んでください。
《信託の発想》は実に分かりにくいですが、一目で理解できます。
委託者A(騎士)上のイラスト=は、自分の荘園等を信託財産として、受託者になってくれる友人B(ヒゲの男)下のイラスト=に信託しました。
※箱の中の富は荘園を含めたAの資産だと思ってください。

信託目的は、荘園の管理収入をA自身の遠征費用に充てること(Aの受益権)と、併せてAの妻子が今までと同様の生活を送れるようにすることです。Aは委託者であると同時に受益者であり、妻子もAの扶養義務の範囲でAの受益権の恩恵を受けます。
一方Bは受託者ということになりますが、荘園の管理権を得、使用収益してたくさんの“果実”を生み出します。
でもAとの契約では、管理料として一定の金銭を得られるものの、荘園という実資産も、荘園からあがる利益にも大きな「✕印」がついています。実物の財産を手の内にしているのに、Bはこれらを管理するだけで、荘園が生み出す新たな金銭(果実)はすべてAに渡さなければなりません。
Bが持っているのは、右側のたっぷり財産が詰まった箱ではなく、左側の<名義という付せんが付いた空っぽの箱>だけ。
これだと、よほど管理料を高くしないとBには“うまみ”がないように見えます。

 

所有権を<請求権>に換えるという大発明

もう少し分かりやすくするためにイラストを追加します。

所有権と受益権の違い

Aは元所有者です。現在の信託法でいえば「委託者兼当初受益者」。
荘園等の財産は、便宜的な所有者であるBに信託しました。
財産の名義(ここでは青い円の線で表現)はBに移ったので、財産は右側の点線内に移動しています。
しかしAは信託して名義を失いましたが、「信託財産から遠征費を出せ、妻子に生活費を支給しろ」という請求権をもっています。
左のイラストの付せんがそれで、「受益権」といいます。
だからAの財産はBにあげたわけではなく、いつでも請求して取り戻せることになっているのです。
ヒント30px「名義はあげるけれど、財産は実際には私のものだよ、だっていつでも請求できるんだから」という《受益権》という“財産”は、実に奇妙な財産だと思いますが、財産を動かせるのは所有者とその代理人だけという“拘束”から解き放ち、第三者でも動かせるようにしたのは、大発明だと思います。

 

必要が生み出した<信託する>という手法

受託者は管理の苦労を負うだけの損な役割か

Bが得るのは空っぽの箱ですが、管理・処分権があるというのは大きな権限です。
しかしその一方、財産の名義人でありながら、それを所有はできない。果実が実ってもAに渡す一方。
荘園を管理するのは苦労が多いし、気候に異変があれば大損失を被るリスクもある。それなのにBはなんとお人よし、手数料のみでAの英雄的行為を支え、Aの妻子に安心をもたらす義務を負う。しかも「真に荘園を所有すること」に1ミリの野心さえ抱かない、なんて。
損な役回りですよね、というより奇特な人・・・・・

そうでしょうか!?
私は、<信託>という発明時代の要請が生み出した人々の知恵だと思います。
この時代に「贈与税」などないでしょうから、Aが仮の所有者Bを創ったのは“贈与税逃れ”のためではありません。
現代的に考えれば、Bは管理権を得るために便宜的な所有者になったのであり、受益はゼロですから、贈与税を課される義理はありません
Aはただ、委任契約では「自分が死ぬと契約が終わってしまい、妻子を路頭に迷わせる」と考え、名義を移す新しい方法をひねり出したのです。それが「工夫」の意味です。

<Aの工夫>
Bを一時的な所有者にして荘園を管理させる(荘園の帰趨は元所有者Aの生死とは切り離される)。
管理の労に報いるためにAはBに手数料をたっぷり払う。
十字軍が帰還したら契約終了(Aの生死にかかわらず)。
所有権はAまたは妻子に必ず返還(名義取戻し権付き契約が行使)される。

 

「名義取戻し権」などという仰々しい名前がなくても、多くの騎士たちは当たり前のようにこのような荘園管理を行わせ、結果的に慣習としてこの特殊な工夫による財産管理法が定着していった。
イギリスは慣習法の国ですから、それが<信託法>として今に息づいているのだと思います。

 

信託は特殊? いや、ビジネスでは当たり前

いつも感じるんですが、「家族信託」だけを理屈で説明しようとするととても大変です。
受益債権」なんて、普通の人は聞いたこともないんじゃないでしょうか。
でも少しでも投資に関心がある人なら、普通に受益者(受益債権を持つ人)になっている思いますよ。

信託銀行の各種信託商品(金銭信託)や証券会社の投資信託。
おなじみの仕組みを説明してから家族信託を解説した方が楽に理解してもらえます。
現在の投資信託と家族信託の仕組みは、大まかにいえばほぼ同じですから。

上のイラストは「金銭信託」の例ですが、お客さまは全国に数十万人。
それぞれの人が運用方法に注文を付けたら収拾がつかなくなります。ですから信託銀行は<一定の運用方針に基づきこれこれの利回りを生み出します>という大枠を「商品」の形で提示してお客さまを募集します。

お客さま(=委託者の立場)はそれを購入。受託者である信託銀行がお客さまからの金銭を「信託口(シンタクグチ)」にまとめて発注。配当(受益権の一部)をお客様ごとに分配し、お客さまは個々の口座で受け取ります。お客さまは期間終了時か、解約した日に元本(購入時の価格、これも受益権)も受け取ります。

中世の騎士の話から始めたので、「信託」という発想はひどく難しいものに感じられたと思います。
要するに信託とは財産を人という生身の属性と切り離して第三者に管理運用処分させる方法」ですが、現在ビジネスでは類似手法は枚挙にいとまありません。
◆銀行にお金を預ける → 銀行は預金を運用して請求があれば利子付きで返す
◆生命保険の商品 → 保険金を運用し、被保険者が亡くなると指定した人に保険金として給付
◆収益マンションを管理させる → 管理会社が面倒なこと一切を行い、賃料を回収して契約者に振込む

 

認知症→資産凍結回避対策としての家族信託

このように信託的な発想は、現在では当たり前なビジネスになりました。
その一方、「信託手法を家族に適用する」という発想は、日本では長い間、見向きもされませんでした。
しかし、平成19年(2007年)に日本の「信託法」が85年ぶりに大改正され、一般の人にも使いやすくなりました。
それから十数年。今は、認知症→資産凍結回避策として活用する人が急増しています。

それでは現在の家族信託を解説しましょう。

委託者は父S(当初受益者もSです)。 ※妻Rは3年前に他界しています。
受託者は長女T。受益者のために受託者の動きを注視する受益者代理人はB
Sは高齢なので意思・判断能力を失うことを恐れ、自宅の土地、建物3000万円の現金をTに信託しました。
信託目的は「施設に入所せざるを得ないほど病状が悪化した場合、自宅を売って介護費用等に充てること」。

<受託者の仕事 1> 生活費の給付と固定資産税支払い
Tの受託者としての仕事は当面、信託した金銭から毎月Sに生活費を給付すること。4か月に1度、固定資産税も払います。
Sの公的年金は直接信託財産にはできないので、TはSと信託契約を結ぶ前に年金受取口座があるY銀行に行って代理人カードを作りました。
Sの年金は代理人カードで管理し、家族信託のために作ったX銀行の信託口口座をSの生活費用の主財源として信託用のキャッシュカードを使って管理しています。
公的年金は本人名義の口座に振込まれるので、直接「信託財産」に組み入れることはできず、信託外に置かざるを得ません。ですから年金を動かすのは受託者の仕事ではありませんが、工夫してこちらも受託者が管理しているケースが圧倒的に多いです。

受託者の仕事1,2,3

<受託者の仕事 2> 実家売却交渉を一手に引き受ける
信託期間中にSの心身の能力が衰退し施設入所を余儀なくされたら、TはSのために信託財産であるSの自宅を売却します。仲介業者の選定や、自宅売却のために必要な建物解体、土地の境界画定のための測量等を業者に依頼。また買い手探しのために不動産業者と交渉するのもTの仕事です(受託者の仕事の範囲や権限はすべて信託契約書の中に書いておきます)。
つまり売買契約書に署名し、実印を押す人は受託者のT。Sの健康状態に左右されることなく自宅売却が完了します。
売却で得られた金銭は、(信託財産を売って得た金銭なのでこれも)信託財産になります。このお金をTは、Sの療養介護や施設等の費用として使うことができます。

Sの施設入所手続きは「家族」として行う

もうひとつ「家族信託」に関して説明しておきたいことがあります。
Sを施設に入居してもらうための交渉や手続きは、「受託者だからできる」というわけではありません。
受託者ができるのは、あくまで自分が所有権=名義をもっている財産の処分についてだけです。
では、これらの手続きをするためにTは家族信託と同時に任意後見契約をSと結ばなければならないのでしょうか。
違います! それは考えすぎ。そこまでピリピリしなくても大丈夫。
TはSの2親等の家族ですから、特別な工作をしなくてもSの手続きを<家族として代行する>ことができます
本人の生活を維持するための手続きや療養看護に関する契約等をすることを「身上監護(しんじょうかんご)」といいますが、家族が代行する慣習は今も十分通用しています。[身上監護のために後見人等が必要]というのは、独り身の場合などに限られます。

 

受託者の最後の大仕事<信託を終わらせる>

<受託者の仕事 3> Sが死亡すると信託は終了、残余財産を帰属権利者に引渡す
受託者は財産管理人ですから、最後に大仕事が待っています。
仕事は2つ。
➀信託財産は受託者に所有権を移して“預かってもらっている財産”であり、特殊です。だから信託を終わらせるときは、清算手続きとして信託財産上の貸し借りをすべて終わらせ、元の民法上の普通の財産(受益権ではなく所有権)に戻す必要があります。ここまでしないと残余財産を受け取るべき人に財産を渡せないのです。
②残余財産を帰属権利者に給付すること。給付は、上記の清算手続きを完了してからでないと実行できません。
受託者は、信託終了事由が発生(この信託では「委託者の死亡」が終了事由の1つです)すると<清算受託者>になります。
清算受託者は他の人を充てることも可能ですが、新規の人が就任すると信託財産は[またまた所有権移転]をしなければならないので、通常は信託終了事由が発生したときの受託者がそのまま「清算受託者」になります。

債権債務の処理を完了させる清算受託者は、これまで受益者のために行って来た事務をすべて終わらせ(現務の結了)、未払いの債務(施設入所費や未払い公共料金、税など)は返し、逆に受け取っていない債権があれば取り立てます。
すべての債権・債務の整理が済んだら、いよいよ契約書に書いてある通りに、残余財産を信託契約書で指定した帰属権利者に分配することになります。
この仕事は、遺言がある場合の「遺言執行者」の役割と似ています。ですから一般の人にとってはかなり気の重い仕事。でも、あらかじめ契約書に書いておけば、この事務を専門家に一部代行してもらうことはできます
遺言執行は家族が行なう場合も多いですから、信託だからとビビることはありません(分からないことが出てきたら、信託契約書をつくってもらった専門家に聞けばいいのです)。

 

受託者は債権債務を処理してから残余財産を給付する

委託者Sの財産は「信託財産」と「それ以外の財産」があります。

委託者Sの財産は、信託している・していないにかかわらずSの相続の対象財産になります

よく勘違いされるのですが、信託財産は名義が「S」から「受託者 T」に換わっているので、<委託者Sの死亡による相続の対象財産にならないのではないか>という人がいます。
大間違い!!!
Sの財産は、信託していようといまいと、S死亡時の相続財産であり、相続税の対象になります

ただし、Tが家族信託を終了させるために行なうべきは、左側のSの自宅引き渡しと信託金融資産の分配だけです。
それ以外の財産は信託とは関係ないので、相続人の誰かが遺産分割協議書またはSの遺言に基づいて分配します。この役目を受託者のTが兼務しても構いません(というよりも、兼務する場合が多いです)。

イラストでは自宅がそのまま残っています。
信託期間中に自宅を売却していれば、不動産も金銭になっているので残余財産は金銭のみとなり、信託財産の給付は楽になります。信託口口座のある銀行に行って、「帰属権利者〇〇〇〇らの口座に✕✕円振替えてください」と指示すれば済みますから。
当初の契約内容によりますが、初めから「実家を相続したい子はいない」と分かっているような場合は、「信託終了時に、自宅は換価して金銭で分配する」などと書いておくこともできます。
このように信託の場合は、不動産が残っていようが金銭に変わっていようが《起こりそうなこと》を予測して契約書に書いておけば、どのように財産の形が変わってもその事態に対応できるのが強みです。(遺言で「Aに私の自宅を相続させる」と書いていても、遺言者が生前に自宅を売却してしまえばAが受け取る権利は消滅し、「代わりにお金でください」といえる権利に換わるわけではありません。)

 

信託財産と信託しなかった財産、どちらも相続税の対象

税務署は信託財産も見逃さない

すごく重要なことなので、あらためて税務署が信託財産をどのように見ているのか、を書いておきます。
家族信託しても税務署に届け出る必要はありません委託者が同時に受益者となるような自益信託は、実質的に富(利得)の移動は生じていないからです。

税務署は「信託財産」を区別して見ていない

ですから税務署はそもそも、あなたが財産を信託したかどうかなど、知らないのです。
ただし先ほども書いたように、委託者の相続が発生すれば信託財産も相続税の対象財産です。
すべての財産の評価額が相続税の基礎控除額を超えていれば、受託者は相続税申告をしなければなりません。

『税務署は信託したことを知らない。しめた、〇〇〇万円は娘の口座(事実は受託者が管理する信託口口座)に移してあるから節税できる』
などと、ゆめゆめ考えないでくださいね。ちゃんと、バレます。
税務署はどのように“信託されている財産”を見ているのでしょうか。
その光景は、上のイラストの通りです。信託財産も信託していない財産も、区別していません(区別できていない!)。
しかし税務署は、個人や法人の財産状況をおおむね把握しているんですよ!!

税務署の調査官は、全国の国税局・税務署とネットワークを組み、全国の法人企業、個人商店、個人事業主、一般の人の税務申告情報をチェックしていますから、サラリーマンの年収や事業収益などは個別に、おおよそは把握しています。
相続人が「父の土地と金融資産は信託して名義が父の名ではないから、相続税申告は必要ない」と勘違いして申告しなければ、税務署は「あれっ!?」と思うでしょう。「自宅はどうした?金融資産も予想額よりずっと少ないゾ」ということになり、調査が動き出すことになります。

 

妻を守る「受益者連続信託」を知ってほしい

委託者が単身である家族の例を書きましたが、実際にはこのケースはむしろ少ない。
家族信託のパターンを比較的シンプルに描けるのでこの例を使いましたが<典型的な家族信託事例>としては夫婦を守る信託がベストです。単身高齢者より、夫婦とも高齢である場合の方がずっと多いからです。
またコチラの「受益者連続信託」は汎用性が高く、極めて有用なので「受益者連続信託」というパターンをぜひ覚えておいてください。
認知症→資産凍結対策だけでなく、相続紛争の大きな要因になる《妻と子の利益相反》という難題を解決してくれるのもこの信託です。

地価が高すぎると相続の大問題に

おおげさに聞こえたかもしれませんが、「受益者連続家族信託」を使える家庭では、ほとんどの場合、1次相続2次相続も円満に乗り切ることができています。

1次相続、ここでは父が先に亡くなり、次に母が亡くなる前提で話します。
父権が強い時代は、父が遺言を書いておけば1次相続は亡き父の想い通りに相続されたことと思います。
今はそれほど単純には行きません。
戦後78年たち新しい民法が定着し、子の権利意識が強くなりました。法定相続分遺留分という言葉も知っている人が増えました。

もうひとつ。地価の影響も大きいですね。
東京では地価が異常高。普通の家でも「地価1億円」の例はザラにあります。
逆に地方では、実家は空き家になりマイナスの資産にもなりかねません。
こういう時代には、子の気持ちを汲んで相続を落着させる“技術”親の側にも求められるのです。
<親と子で相続についてをきちんと考える>という過程がゼッタイに必要です。

「死」を話題にするわけですから話しづらいでしょうが、避けてはいけません。

 

「第2受益者」は2つのパターンが考えられる

上のイラストは、委託者兼当初受益者である夫が死亡したら妻だけが次の受益者になるという例です。
夫が死亡すると、1 夫が得ていた受益権のすべてを妻が得る》ことになります。
こちらの解説は難しくありません。
もう一つのパターンは、2 妻も子も受益者となる》。こちらは解説が格段に複雑になります。
どちらの受益者連続信託も受託者は同じ。相続発生の時点で、➀不動産価値は目減りしていない、②信託金融資産はSの生活費等に使われ残り2000万円――という前提です。
実際の相続では「信託外の財産」も相続の対象になることは先ほど書きました。今回は、信託財産以外の財産は無視できるほど少額であったとします。

父が残した財産を母のために管理

1 夫が得ていた受益権のすべてを妻が得る受益者連続信託

東京の例で解説します。
相続人は妻Rと子で受託者のTと受益者代理人となるBの2人。
夫の資産は、土地1億円(家屋は0円)金融資産2000万円(Sが1000万円使った)。遺産総額1億2000万円相当。
法定相続分は妻1/2、子1/2(各1/4)。遺留分は法定相続分の半分ですが・・・・・

妻が土地の受益権もお金の受益権もすべて得、子の2人は何も得ません。
姉Tも弟のBも父の気持ちがよく分かるので、この相続を受け入れました。
TとBには各1500万円の遺留分侵害額を
請求する権利がありますが、権利は行使しません。

この相続に難点があるとすれば、相続税が高くなることです。それは2次相続で顕在化します。
1次相続 
妻Rが受益権の全部を得るが、妻の相続税はゼロ円で済みます。
配偶者の税額軽減により、受益権の価値が1億6000万円以下なら非課税となるからです。
何も得ない子2人に相続税が発生しないのは当然です。
◆2次相続
妻は亡くなるまでに1000万円を生活費等に使ったとします。2次相続時のRの受益権の価値は1億1000万円となりました。
これをTとBが相続。相続税は各481万円、計962万円
配偶者の税額軽減や小規模宅地の特例といった軽減措置を一切使えないため、子世代が相続する時は割高になりがちです。

●2 受益権のうち自宅は法定相続分で、金融資産は妻がすべて得る受益者連続信託

今度は計算が複雑になりますが、この信託がベスト回答ではないかと私は考えています。
前の例で子の相続税が高くなったのは、母が得た自宅の受益権1億円を2次相続でそっくりそのまま相続するからです。
不動産はお金のように年月が経てば目減りする、というわけにはいきませんから。
子は親と同居していない限り、土地を8割引きで相続できる小規模宅地の特例を使えません。
そのデメリットを打ち消すには、1次相続で子も土地の受益権を幾分かでも得ていた方がいいのです(母は0円、子には相続税が若干発生しますが)。

父の信託財産を母子3人が承継する

では計算しましょう。
1次相続
下のイラストの通り、自宅の土地建物だけは法定相続分で共有する、というのが今回の工夫です。
妻が土地半分を得れば8割引きになるので、評価額は5000万円から1000万円に減額。子はおまけなしなので各2500万円相当。
家を確保して妻Rは一安心ですが、生活費の足しにはならないので、金融資産2000万円の受益権は全額Rが得ることにします。

1次相続は母子仲良くB

この相続の対象財産は、土地1000万円₊2500万円₊2500万円+金融資産2000万円=8000万円。
これに係る相続税は、妻ゼロ円、子2人で218万円
子は現金としては1円も得られないのに、相続税は各109万円かかるので不満が残るかもしれません。
◆2次相続
しかし2次相続になると、土地は5000万円、金融資産は母が半分使い1000万円ですから計6000万円相当。
相続税は2人で182万円。1次、2次合計では400万円。1のケースの962万円に比べれば半額を大幅に割ることになります

この家族信託は、母が父なき後も安心できるくらしを目指して締結したものです。
ですから、父Sが死亡した後は、いつ母が施設に入所する(=自宅を売却する)かわからない状況ですから、実家を換価するタイミングはそれほど遠くにはならないでしょう。

親孝行の姉弟が自宅も含めSの全受益権を母に得させた場合、自宅を売った1億円は母のためにのみ使われ、介護費用としては有り余るほどになりますが、社会資産としては長く貯め置かれ活用されない状況が続きます。今回は、自宅を売れば姉弟にも2500万円ずつ(時価ならもっと巨額)が入るので、生活にゆとりが生まれるでしょう。母を守る意味でも、節税の面からもこのような<戦略的な発想>は有益ではないでしょうか。

 

自宅を受益権化して子と“共有”すれば妻は安全

戦略的な発想といっても、すごく難しいことをいっているのではありません。
「妻を守りたい」は委託者Sの本音です。すると「自宅は妻のRに」と考えがち。昭和の時代ならそれですんだかもしれません。しかし今は地価高騰。それほど広くない普通の自宅でも地価1億円。「これを妻に」というと、途端に法定相続分(子に各3000万円)、Sが遺言を書いて遺留分(子に各1500万円)を発生させて子の請求権を半分に抑え込んでも、老妻Rが子2人に払えるわけがありません。
せめて残っている現金2000万円を子2人に相続させる!?
夫としては、《家はのこせても現金ゼロ円で妻の老後が成り立つか》と考えて当然です。

百歩譲って「自宅を担保に銀行から借入れ?・・・・」。
私は到底、おすすめできません。そんなの、正義じゃないッ‼

そんなことより、簡単なんですよ! 自宅を共有すればいい。
これがわたしがいう<戦略的な発想>です。何もむずかしくない。誰でも思いつくこと。

 

現実知らずの専門家に惑わされないでください!!!

ところが私がこんなことを言うと、世の相続専門家たち(特に税理士)は「共有だけはゼッタイに避けて! 後からの分割が難しくなるから」と、この選択肢を全否定します。
《じゃあ、他の方法を教えてくれよ!》・・・・・と思いますが、答えは返ってきません。
この問題、民法にとらわれている限りゼッタイに解決しません。

「共有はダメ!」なんて決めつけないで

だから信託なんですよ!「自宅」を受益権化すればいいんです。

管理権は受託者Tが単独で有しています。これを上のイラストのような割合で妻R1/2、T1/4、B1/4で受益権を分ける(この場合、第2次受益者はRだけでなく、TとBも第2次受益者です)。受益割合は2:1:1で結構ですが、妻Rの受益割合を多くすると2次相続で子の相続税が割高になりますから、適切な比率を割り出してください。

《自宅を受益権化するメリット》
不動産は分割しにくい財産の典型ですが、これを信託すると、金銭と同様の分けやすい財産に変わります。
妻は1%でも家屋と土地の持分を有していれば、子に勝手に処分される恐れを排除できます。共有物の分割は「全員一致」なので、たとえ1%でも“拒否権”を行使できるわけです。

子も持分を有しているので、Rの相続を待たずに現金を得られる可能性がある。
子は持分を有しているので、高騰地価の影響を半減でき、大きな節税効果を得られる。
受益者連続信託のおかげで、委託者Sと受益者全員が2次相続の結果(子にとっては平等相続)を知ることができる。
遺言では1次相続しか指定できない。またSの変心もあり得るので不安定な約束となる。家族信託だと1次も2次も「確たる約束」になる。


また相続税にはさまざまな特例措置がありますが、配偶者の税額軽減小規模宅地の特例等、信託している・していないに関わらず、条件を満たしていれば恩典を受けられます。

不動産を売却したら受益者3人で分配
<受益者連続信託の受託者の仕事 4生活費の給付と固定資産税支払い
この信託の第2受益者は3人、妻Rを主として、子T(受託者の任務はそのまま)、子Bも第2受益者となります
意思能力が怪しくなってきているのはRのみ。Rは2000万円分の受益権を得たので、TはSの時と同様に現金を毎月定期給付します。
しかし受託者Tと弟Bは自宅の持分は得たものの、この時点では何の利益も得ません。
Sの死亡に際し受益権を得ることは、税務的には「自宅の家屋と土地を相続した」とみなされます。上のシミュレーションで書いたように、TとBは金銭は1円も得ていないのに少なくない相続税を払わなければなりませんでした。不動産の受益権は自宅を売却したときに目に見える形で発生します。さらに上の囲みに描いた通り、持ち分比率は何%であっても<共有物の処分>では事実上の拒否権がありますから、Rは安心して自宅に住み続けられます。

持ち分比率がモノをいうのは、受託者TがRのために家を売った時です。
持分比率により換価金が分配されます(税や諸経費を控除した上で)。
母親Rの持分は1/2ですから換価金銭の半分は信託財産となり、Rは受託者Tに管理してもらい膨らんだ信託金融資産の恩恵を受けることになります。

◎TもBも受益者ではなくなるが、Tは受託者、Bは受益者代理人を続ける
TとBも第2受益者ですから、Rの半分の受益を得られます。
信託契約書にどう書いたかにもよりますが、TとBは受益権としてではなく実物の金銭として受け取り、受益者の地位から離脱することもできます。(子に障がいがあるような場合は、母と同様に受託者に管理してもらうこともできます。)
ただしTは受託者ですから、受益者としては信託から離脱しても、母Rのために受託者としては仕事を継続します。またBも判断力が落ちてきているSのことが心配ですから、こちらも受益者代理人の任務は継続します。

 

受益者連続信託は、2回ある「相続」の設計図です

自宅売却にかかる受託者Tにかかるエネルギーのことは省略しましたが、この信託の屋台骨を支えたのは間違いなく長女Tの存在です。また弟のBも受益者代理人として姉を“監視する”というより、実際上は姉の相談相手となって、父や母のことを想いながら、父が提供する信託財産を上手に切り盛りして、父と母の晩年を見守り続けたのです。

この受益者連続家族信託の最大の長所は何だと思いますか?
イラストを見てください。

父の想いを家族全員が受け止め、2回の相続を乗り切る

大切なのは「父の想い」です。
普通の家では、父親の想いを正確に知る機会がありません。
「お父さんが死んだら、相続をどうするんだよぉ」とあけすけに聞く人は少ないでしょう。
だから父親の胸の内は、皆知らない。

多くのお父さんは『あとは適当に』『なんとかするだろう』などと、自分のこととして考えません。
それでは妻を守れない!、という提起は先ほどしました。
心ある父親は遺言を書きます。10人に1人くらい。
(『10人に1人も遺言を書いているのかぁ』と私は驚きました。体感的に、もっとずっと少数だと思っていたので。)

結論をいいます。ご紹介した「受益者連続信託」の最大の長所は、
1次相続でも、2次相続でも、《私の想い》が実現する、と委託者が信じられることです。
受益者連続信託は、2回の相続の設計図です。シナリオといってもいいでしょう。
しかも生前から、その成否を見届けられるのです。

自分の時に受託者はどんな対応をしてくれるのか、自ら体感できます。
受託者や受益者代理人の母親への接し方もわかります。

全員が一致してこその家族信託です。
親の遺産は少しでも多くもらいたい、きょうだいを出し抜きたい、なんて考える子が1人でもいたら家族信託は成功しません。
専門家を交えて家族でよく話し合ってください。

 

漠たる不安を家族信託でシナリオに変える!

親が何を考えているのか分からない、子のことなどちっとも考えてくれない、相続のことはうちではタブー・・・・・
これでは子の側から何もすることができません。
ありありと認知症の兆候が出てきていても、それを子がいうと真っ向から否定して怒り出す。そういう親もいます。

漠たる不安を理論に変えろ!そして実行!!

歳を取れば漠たる不安は誰でももっています。
子の側も同じ。子の場合、『親が認知症になったらどうしよう』との不安は本当に大きいと思います。
でも、誰も行動を起こさない。起こせない。そんな家族がとても多い。
漠たる不安を確固たるシナリオに変えましょう!

 

家族信託は、子の側からもありがたい

今回の事例では、妻の暮しを守るため、1次相続で父はわがままを通して「子の遺留分」など目もくれませんでした。
そうなると普通は子が不安になって、「お母さんが死んだときめちゃくちゃな相続(争族)になるんじゃないか」と先回りしたくなる子も出てきます。
今回の信託契約では、姉弟にとってまったく平等に父由来の財産は行くことになっています。
姉Tも弟Bも契約書をみればそれが分かるので、疑心暗鬼で心揺らぐなんてこともなくなります。

「そうだ、家族信託しよう」思い立ったが吉日だ‼

1次、2次相続までのきちんとしたシナリオを書くのが家族の信託契約書です。
家族間でなあなあにならないように公正証書で作ります。
銀行に信託口口座を開設する際には、銀行にも契約書案を見せて「公平な契約であること」を示します。

どれだけ家族信託のメリットを力説しても、聞き流されて終わり。
自分のことと思えなくても仕方ないとは思いますが、私はメガネを毎晩、別の場所に置いて寝ます。
翌日、迷いなくメガネの所に行けるか試しているのです。
それができれば《まだ大丈夫》と思える。(私もナーバスにこの問題をとらえているということです)

高齢者にとって、銀行は大きな「壁」

家族信託は契約ですから、本人の意思能力は必須。手遅れなら成年後見制度に頼るしかない・・・・・。
その前に、銀行で信託に回す預金をおろすのが大苦労!

50代、60代の現役世代ではまず経験しない苦労です。
私もそうでした。銀行に行く用事はほとんどなく、ATMさえ苦手であったのです。
行政書士をはじめて、ようやく普通の社会人っぽくなりました。

「行政書士事務所」のカードなら、50万円、100万円の出し入れもノーマーク。
なのに個人口座のカードや現金引き出しは、うるさい、うるさい。
初めて銀行は、(私のお金なのに)いちいち巧みに声掛けして、詐欺に遭ってないか、認知症の様子はないかを確認してきます。

高齢者にとって銀行は、大きなカベになります

今は銀行フロアに「委任状」なんかありません。
高額の引出や入金については、窓口に行って「伝票はどこに?」から聞かなければなりません。
現役世代と高齢者世代、中でも足元がおぼつかなく、いっていることも分かりにくいと、見ているこちらがハラハラ。

そんな事情がなくても、(元気な高齢者でも)銀行は200万円、300万円の引出しを無条件に認めることは、ないんだなと感じます。
『高齢者差別』という言葉は使いたくないですが、銀行も苦労しているようです。
詐欺被害や認知症の懸念、そして今はマネーロンダリングに異常なほどピリピリしているので、どうしてもガードが固くなるのでしょう。

しかしそれって、家族信託をしようとしている委託者や受託者には大いに迷惑。
いくら立派な契約書を書いても、最後の段階で、自分の口座のお金を信託財産にし損なえば打つ手はなくなりますから。
防止する方法はただひとつ。
《んっ、私は・・・・》、あるいは《父の様子がおかしい》と思ったときに、直ちに専門家に相談してください。

静岡県家族信託協会
行政書士 石川秀樹(ジャーナリスト)

 

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この記事を書いた人

石川秀樹 行政書士

石川秀樹(ジャーナリスト/行政書士) ◆静岡県家族信託協会を主宰
◆61歳で行政書士試験に合格。新聞記者、編集者として多くの人たちと接してきた40年を活かし、高齢期の人や家族の声をくみ取っている。
◆家族信託は二刀流が信念。遺言や成年後見も問題解決のツールと考え、認知症➤凍結問題、相続・争族対策、事業の救済、親なき後問題などについて全国からの相談に答えている。
◆著書に『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』。
◆近著『家族信託はこう使え 認知症と相続 長寿社会の難問解決』。
《私の人となりについては「顔写真」をクリック》
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