★家族信託の基本は《夫婦を共に守る受益者連続信託》だ。超重要な「章」を家族信託の本から丸ごと抜粋 !!

家族信託

2019年4月、『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』▲▲▲を出版しました。成年後見制度の運用のまずさが問題になっている一方、世間では認知症の人の銀行口座が凍結されるなどの問題が顕著になってきて、解決法が強く求められていたのです。本のタイトルの通り、認知症の家族を守れるのは、成年後見ではなく家族信託だ、と私は思っています。
その本の第1章に掲げたのが「なぜX氏は家族信託をしたか 認知症の妻を老老介護して」です。
家族信託をわかりやすく説明する最初の章で私が採用したのは<福祉型の受益者連続信託>。ちょっと内容は込み入っていてむずかしくなってしまうのですが、この形こそが家族信託の最も典型的な活用事例だと思っていたので、思い切って最初の章で紹介しました。委託者の「X(エックス)氏」は高齢ですが認知症ではありません。それなのになぜ《認知症対策》と思われている家族信託の紹介記事としたのか―――。
どうぞ、「第1章」をまるまるお読みください。

第1章

なぜX氏は
家族信託をしたか
認知症の妻を老々介護して

族信託のイメージがつかめたところで、第1章では、かつての職場の先輩X氏一家に起きたことをご紹介したいと思います。ごくふつうの家庭でなぜ家族信託契約を結ぶに至ったのか、というお話です。その背景には、10年前とは明らかに違う超高齢社会・認知症患者800万人という今の日本の時代風景があることをお知らせしたいのです。

X氏は長年地方新聞社で記者を務め、鋭利な分析力をもち、文章も明快、市井の人々の暮らしについての関心も深い一級の社会派記者でした。

  • 先輩のX氏(78)
  • その妻Yさん(73)
  • 長女Aさん(47)
  • 長男Bさん(44)

 

 資産1億円のX氏一家

4人家族。でも今は夫婦ふたりで静岡市内の郊外に暮らしています。あまり個人情報をお見せすべきではありませんが、この話にお金のことは欠かせないので、少し数字に強弱をつけて紹介します。

X氏の主な資産は以下の通りです。

  • マイホーム 4100万円(土地3400万円、建物700万円 ※相続税課税価額)
  • 預貯金 2400万円(うち1200万円は定期預金)
  • 生命保険 1000万円(受取人はYさん)
  • 有価証券 500万円

一方、妻のYさんは500万円の貯金と地方銀行に1500万円の定期預金を持っています。

地元のマスメディアで長年勤めたX氏の資産は、不動産が4100万円、金融資産が3900万円、妻のYさんの資産も2000万円。30代でマイホームを建て、2人の子は東京と北海道の大学に進学させましたから働き盛りの40代には生活を相当切り詰めたそうですが、それでも70代の今、妻とふたりで1億円。そのうち金融資産は5900万円あり、「まあ”潤沢”な方だ」とXさん。住宅ローンも60歳定年よりだいぶ早い時期に完済し、今は公的年金が2か月に1度、45万円入ってきます。
だから「老後は心配ない」とXさんを含め、家族の誰もが思っていました。
少し暗雲がただよい始めたのは、妻のYさんが70歳を過ぎて認知症の症状を示し始めてからです。

 

家族の絆はあるのに今は“別々家族”

長女のAさんは学生時代からつきあっていた札幌市内の会社員に嫁ぎ、しばらく専業主婦だったもののフラワービジネスを始めて成功し、今は畑違いながら介護事業もスタートさせました。夫の両親の介護で苦労した経験を活かし、理想の介護を追求、忙しい日々を送っています。
長男Bさんは東京の大学に進み、そのまま研究者となりました。独身。
というわけで、母が認知症と聞いても介護についてはお父さんに任せきり。つまり今は、典型的な”老々介護”となっています。
認知症の発症から3年、Yさんは精神的にもX氏に頼りきりです。介護度2の現在もデーサービスにはあまり行きたがりません。
X氏は気力で妻の介護を続けていますが、80歳を目前にして自身も要支援1の状態になり、先行きが少し不安になってきました。

久しぶりに帰省したとき、娘のAさんが私の元を訪ねてくれたので、先輩一家の現状が思ったよりも厳しいことに気づくことができました。
私は6年前に62歳で新聞社を退職しました。60歳から行政書士の試験勉強を始め、61歳の最終盤でようよう合格。退職した年の8月、行政書士事務所を開いたのです。
当時は駆け出し。右も左もわからず、たまにX氏の顔を見たくてお宅を訪ねても、まさか数年後に真剣にX家の状況を聞くことになるなど、想像もできませんでした。

 

資産に比べ「使えるお金」が少ない

娘のAさんから見ると、介護のキーマンであるX氏自身の判断能力も、「以前と様変わりと思えるくらい落ちていて、お父さんのことも心配」と言います。
それで私はX氏夫妻の最近の様子を、専門家として真剣に聞くことにしました。

いくつか問題点ははっきりしています。

  1. 妻の認知症という”時限爆弾”を抱えていること
  2. 介護の担い手は老齢のX氏ひとりであること
  3. しかも夫婦のきずなが強いため、施設を使いにくいこと
  4. 資産1億円でも、すぐに使えるお金は案外少ないこと
    (X氏の普通預金1200万円、Yさんの貯金500万円)
  5. そして将来的には、X氏自身の認知症も危惧すべき状況になってきていること

どれも深刻ですが、今すぐ手を打たなければならないこととして、私は「4.」の問題に着目しました。1億円の資産があるのに、すぐ使えるお金は1700万円しかありません。他の資産はというと、不動産(4100万円)、定期預貯金(X氏1200万円、Yさん1500万円)、有価証券(500万円)。これらの大きなお金がまったく働いていないのです。X家に限りません。日本の高齢家庭の多くで、資産の持ち方はX家と似たり寄ったりではないでしょうか。大きなお金を大事に抱えていますが、これらはあなたや妻が認知症になったら、即刻凍結されてしまうんですよ

通帳の額面だけを見て安心しているあなたの危機意識は、相当に時代遅れです。資産の持ち方を抜本的に変えないと、ひどい目に遭ってしまいます。
日本人の資産の持ち方見直しは、X氏一家の将来を考えると本当に急務です。

 

夫婦の入院・施設費に毎月30―50万円

先輩夫婦は信頼しあい、気持ちも落ち着いていますが、「このままずっと今まで通り」は難しいと言わざるを得ません。
X氏の心身の健全性は永久ではありませんし、奥さんの認知症も進みます。すでに”徘徊”が始まっていますから、いずれは入院、または施設入所が必要になりそうです。あとは、その時期をいつまで遅らせられるか、というだけ。

X先輩の性格から、自分が動ける限りYさんの介護は続けるでしょう。逆に言えば、”その時”が来ると、夫婦同時に入院・入所となる可能性が高いと思われます。互いの存在に強く依存していますから、2人とも大きなショックを受けそう。
そういう問題と同時に、専門家の私としては、下世話な「お金」の話が気になって仕方ありませんでした。

Yさんが入院となるか入所になるかでも変わってきますが、仮にグループホームに入所した場合、介護保険を使ったとしても毎月の自己負担額は20―30万円くらいになります。
X氏は介護付き有料老人ホームに入るでしょうから、やはり月額25―40万円。
さらに両施設とも入居一時金または保証金を求められることが多く、合わせて数百万円の費用を用意しなければなりません。
入居一時金は別にして、2人の入院施設費に、最低でも毎月45―70万円の自己負担が必要になるわけです。

 

2年8ヶ月でお金が尽きてしまう⁈

資産が1億円もある夫婦なのだから、何とかなるに決まっている――というわけにはいきません。
仮に夫婦ふたりの入院・施設費が月50万円で乗り切れたとしましょう。
総務省「家計調査年報」によれば、健康な夫婦の老後の生活資金の月額平均は約30万円です。ふたりが自宅での暮らしを断念せざるを得なくなると、月の赤字が急増します。

その試算―――

X氏の家計の収入源は2か月に1度の公的年金45万円です。
毎月の赤字は「50万円―(45万円÷2か月)=27.5万円」となります。夫婦が今すぐ使えるお金は1700万円ですが、入居一時金が800万円だとすると残りは900万円。
何年もつでしょうか?
900万円÷27.5万円=32.7か月
つまり2年8か月でお金が尽きてしまいます !!

平均余命を考えてみましょう。
X氏78歳 → 平均余命10.15年(88歳で死亡)
Yさん73歳 → 平均余命18.27年(91歳で死亡)
以上の机上の計算から分かることは、このモデルは途中で破綻することが約束されている、ということです。

 

認知症で凍結されたら「家」も売れない!

娘のAさんにこの数字を説明すると、「両親には定期預金もあるし、不動産もあるわけだし……」といいます。
「お母さんの認知症がここまで進んでいるのに、定期預金を解約できると思いますか?
さらに「Xさんの判断能力がこれ以上落ちてくると、家を売ることも難しくなりますよ」
私がこういうと、Aさんは初めて「何が問題か」を悟ったようで、顔色が変わりました。

家という“資産”は、ふつうの家庭にとっては一番大きな買い物であり、何年もローンを組んで自分の物とし、そして高齢となった今は自分の住みかとしてくらしを守ってくれる拠点です。しかも、いざという時にはこれを売って施設の入居費用にも充てられる、実に貴重な財産。“凍結”という問題さえ考えなければまことに頼りになる財産ですが……。
契約は意思・判断能力のある者同士で行います。家を売るというのも同じこと。売買契約を売主と買主の間で結びます。もし売主に判断能力がなかったら? 契約は無効です。すべての約束がご破算。

世間の高齢化に伴い認知症の患者も増える。その影響がこんなところに現れるのです。預貯金も自宅も現金化できない。これが「凍結」です。認知症になった本人は何も悪いことをしてはいない。預貯金の凍結は、多分に金融機関の保身によるところがあるし、自宅売却がストップするのも「契約無効」を恐れる取引当事者たちの都合です。「ヤバイ取引をするくらいなら、成年後見制度があるのだから、ここはその制度を使おう」という“安全志向”が、ふつうの家族を不意に、窮地に陥れてしまうのです。

成年後見制度は金融機関や不動産の取引相手が考えるほど生やさしい制度ではありません。制度に投げる側は何かというと「法令順守」を口にしますが、そのあおりを受けるのは認知症の症状が出てきた本人や、その家族です。

 

「大きなお金」は動かせるお金に戻せ!

高齢者は、自分の老後資金について何も手を打ってこなかったということはありません。その証拠に、高齢者が持つ資産は若い世代よりはるかに多い。でも、その持ち方が不用意なんです。私から言わせてもらえば、わざわざ凍結されやすい財産にしている。自分のお金や財産だと思ってきたものが、必要な時に役に立たない。こんな事態に今、多くのご家族が遭遇しているのです。どうしたらいいのでしょうか?

そこで私は「3つの選択肢があります」とAさんに答えました。

  • 何もしない
  • 成年後見制度の利用を考える
  • 家族信託という新しい財産管理法を活用する

「何もしない」というのは、成年後見も家族信託も使わない、という意味です。
まったく「何もしない」でX氏一家が苦境を乗り切れる可能性は、ほとんどゼロだと言っていいでしょう。信託や後見といった仕組みや制度を使わないにしても、何かをしなければ認知症が引き起こす諸問題は乗り切れません。

では「何か」とは何か?
大きなお金を“解放”して、「動かせるお金」にしておくということです!
銀行からすすめられてしたことは、すべて元に戻しましょう。

  • 定期預金は解約し普通預金に(カードで入出金する)
  • 不要な生命保険は時機を見て解約する。最低限、保険金受取人を換える
  • 上場株式や投資信託等は解約して現金に戻す

これらを、X氏に判断能力がある今のうちにやっておかなければなりません。妻のYさん名義の定期預金1500万円も解約したいところですが、Yさんの常況を見れば、もはや難しいでしょう。
(以上の対策は、危機がすぐそこに迫っているX氏のための応急策です。「大きなお金を動かせるお金に戻す」というのは非常に重要なテーマなので、後の章で詳しくノウハウを解説します。)

 

応急対策では老後資金に足りない

さて、これらをすべて実施したとして、X氏の手残りはいくら増えるでしょうか。
まずX氏の定期預金1200万円を解約します。有価証券500万円も、しぶしぶながらX氏の手で売却しました。しかし生命保険1000万円の解約は、X氏がどうしても「うん」と言いません。生保の中途解約は「解約返戻金(へんれいきん)」の額によるので、今売ると200万円も損失が出るからです。

以上の結果、X氏がいま動かせるお金は「1700万円+1200万円+500万円=3400万円」となりました。

X氏の今後はこう変わります。
X家の毎月の赤字27.5万円、入居一時金は両施設で800万円。
(3400万円―800万円)÷27.5万円=94.5か月 → つまり7年10か月
X氏の平均余命に2年以上足りません。足りない分は姉弟が出さざるを得ず、毎月27.5万円の負担はふたりの壮年期の家計に大きな負担になると思われます。

この時期を乗り切れるかどうかは、施設の選び方にもかかってきます。X氏の経歴にふさわしい介護付き有料老人ホームにしたいと考えれば、入居一時金が1000万円を超えそうで、試算を圧迫します。
またX氏が長生きすればするほど”破たん”した以降の子の負担が大きくなる、という根本的な矛盾をこのモデルは抱えています。

 

認知症の影響は「凍結」だけにとどまらない

「何もしない」場合のもう一つの注意点を書いておきます。
Yさんの認知症の影響は、お金のことだけにとどまりません。

X氏が遺言を遺さないと、X氏の資産は遺産分割協議で決することになります。分割協議は判断能力のある法定相続人全員の一致で決まりますので、Yさんの認知症が悪化している場合は、Yさんのために成年後見人を付けなければならなくなります。後見はYさんが亡くなるまで続きますから、その間の後見人への報酬負担は数百万円になるでしょう。
遺産分割協議をしないで済ませるためには、X氏は遺言を書かなければなりません。

X氏の判断能力は急速に落ちてきていますから、急ぐ必要があります。遺言は自筆でも公正証書でも構いません。問題はそんなことより、X氏に書く気力が残っているかどうか。老々介護で心身ともに疲労の極に近い状態。そういう人に「遺言を」と切り出すのは難しいことですが、何としても書いてもらう必要があります。遺産分割や相続放棄などのために成年後見制度を使う例も毎年、6000件くらいあるという現状です。

今まで高齢者がしてきた“常識”は、もはや非常識であると言っていいくらいです。金利もゼロに近いのに、なぜ定期預金ですか? 銀行がすすめてやらせたことなのに、認知症になれば手のひらを返したように「その場合は成年後見人を付けてください」というのは、同じ銀行窓口です。

ちょっとまとまった金額になると「生命保険を」「投資信託を」と誘うのも銀行。言いなりになって動かせるお金をせっせと“動かせないお金”にしてきたのは、あなたです。人の好い顔もいい加減にしましょう。銀行が言うのは、100歳認知症時代の今、非常識で危険極まりないミスリードです!!
本当にやるべきは、逆。

何も手を打たない気なら、お金は「動かせるお金にしておくこと」。家族の1人でも認知症の人、行方の分からない者がいる、日本にいない――などという事情を抱えている場合は遺言を書く、というのもこの時代の常識の1つです。
せっかく私が熱っぽく語っても、皆さんが聞き流してしまえば成年後見に追い込まれるだけ。どうか確実に実行してください。

 

凍結預貯金を動かせるのは後見人等だけ

今書いたように、追い込まれたら成年後見しか手立ては残っていません。追い込まれるとは、つまり、お金のことで行き詰ってしまうということです。後ほど詳しくお話ししますが、最高裁判所が毎年出している「成年後見事件」という統計を見ると、「預貯金等の管理・解約」を成年後見の申し立て理由に挙げている人が実に83%!
数字のあまりの高率に驚くばかりですが、『こんなことは分かり切っていたことなのに!』と、今という時代に生きていて、やるべきことを知らなかったばかりに後見制度を使わざるを得なかった人たちに、同情を禁じ得ません。

私は成年後見制度など使わず認知症対策なら家族信託を使うべきだ、と考えています。でも、こういう勘違いをしている人がとても多いので、あえて注意しておきましょう。
家族信託の契約を家族と結べば、本人に代わって凍結された通帳からお金を引き出せる、などということは絶対にありません。凍結されたお金を動かせるのは成年後見人だけです、残念ながら。

家族信託ができることは、本人(委託者)が家族(受託者)に預けた財産を、家族が本人に代わって管理や処分を行うということだけ。家族に財産を預けるところまでは、本人が自分でしなければなりません。だからその本人が「認知症ですね」と窓口で言われ、お金を手にすることができないようなら、そもそも家族信託ができません。入り口で「アウト!」ということになります。

家族信託は、凍結を解除するためのツールではありません! この点はすごく重要なので、心にしっかりとどめておいてください。

 

では「成年後見」を使っていいのか

ちょっと遠回りになってしまいましたね。先に進めましょう。
上の話でお分かりのように、認知症が「徘徊」という形で人の目にも触れ、ふつうの人との会話がおぼつかなくなっている常況のYさんの財産(定期預金1500万円)を家族信託で何とかしようとしても無理です。逆に、成年後見制度の審判開始を家庭裁判所に申し立ててしかるべき後見人(症状が重い順に▼成年後見人▼保佐人▼補助人)を付けてもらえば、定期預金の解約は苦もなくできてしまいます。
選択肢2番目の「成年後見制度の利用を考える」です。

ただ、成年後見をお使いなさいと推奨しているわけではありません。成年後見制度には、特有の問題点が数多くありますから。
成年後見制度は、凍結を解除するためのツールではありません!
あえて家族信託と同じフレーズで警告しました。成年後見人は定期預金を解除できます、金融機関に凍結されたお金を再び使うようにすることができます。しかし、成年後見はそんなことのために作られた制度ではないのです!成年後見の役割は、意思・判断能力を喪失した本人の財産と生活全般を守るためにあります。
“凍結解除”はその中のほんの小さな機能の1つにすぎません。

凍結解除したお金は家族に渡されない

だから、これもひどく誤解されているのですが、自由になったお金を成年後見人は家族に渡しません。後見人は、凍結を解除して得られた現金はもちろんのこと、本人の財産の一切合切、他の現金・預貯金通帳・実印・不動産の権利証(登記識別情報)・株式や有価証券・生命保険証書などなど、すべての財産を持っていきます。後見人はまた、本人の身上監護をすることも義務とされていますから、保険証や介護保険証まで――およそ”財産”にかかわる一切のものを手元に置いて、管理や処分を行います。その期間は本人が亡くなるまで。非常に長い期間、後見を継続し、その間、後見を申し立てた家族に「本人の財産をこのように管理、処分しています」などという報告はしないのが普通です。(家庭裁判所には年1回報告しますが)

ふつうの家庭にとって、親の財産(その家にとって一番大切な財産)を赤の他人が、管理のためと称して全部持っていき、家族には何も告げずに財産管理を続ける、さらには家族なら当然に行ってきた身上監護権まで奪われる可能性がある――ということは、「あってはならない」と叫びたくなるほど、望んでいないことではないでしょうか。
それがたかだか「定期預金の解約」や「死亡保険金の受取りのため」に申し立てた結果だとすれば、後悔する人も多いはずです。

 

成年後見の費用、時には1000万円を超えることも

あなたは成年後見制度がこんな重たい制度だと知っていましたか?
成年後見人は、預貯金を手軽におろしてくれる親切なワンポイントリリーフではないんです。

一方、「家族が後見人になれる」と思って申し立てをした人も多いでしょうね。2000年の後見制度発足当時には確かに後見人になるのは家族が大半でした。ところが、成年後見人になった家族の不正が頻発して(と最高裁判所民事総局は言うのですが)、「これは家族じゃダメだ。ちゃんとした士業を後見人にしなければ」と方針を大転換してしまいました。その結果、今では家族が後見人になれるのは2割台、4人に1人にまで落ちてしまいました。それも家族後見人が就任するのは管理資産が数百万円に満たない場合だけ。資産額が高額になるほど弁護士、次いで司法書士が後見人になっていきます。

職業後見人の後見報酬はほぼ、本人が持つ金融資産額に比例しています。月額換算で2万―6万円の報酬。年間だと24万-72万円というのが成年後見制度における最低限の費用となります。
80歳の平均余命は10年を超えていますから、生涯の後見コスト(本人や家族からすればまさに「コスト」です)は数百万円から時には1000万円を超えます。

 

成年後見制度を申し立てると施設を選べない

Yさんの認知症が進行し「父による介護はもう限界」と判断したAさんが、Yさんについて成年後見制度の申し立てを行うとしたら、その後のXさんたちの暮らしはどのようになるのでしょうか。

X氏が管理していた妻の資産はすべて後見人の手に渡ります。この点については、介護や日常の財産管理が負担になってきているXさんには“助け舟”と感じられるかもしれません。

しかし成年後見人は単なる財産管理人であるだけではありません。ここも見過ごされがちなのですが、「身上監護」という特別の任務も後見人には課されています。被後見人は事理弁識能力を欠いていますから「手続き」などは一切できません。ですから福祉関係施設への入所契約や医療契約・病院への入院契約も成年後見人が行うことになります。手続きを行うのは家族ではありません、後見人が“仕事の範囲”の一つとして、これを行います。

今まで妻の介護に一所懸命だったXさんは、施設選びでも、病院の選択においても関与できません。後見人は財産管理の事務において家族の関与を極端に嫌います。同様に施設への入所に関しても、家族が通いやすい施設を選びたがらない傾向があります。介護施設に本人が入所した場合、その見守りも後見人の仕事とされているので、施設への指図系統が(家族が頻繁に顔を出すことで)二重化することを歓迎しないのです。
Xさんにとっては、これが最大の痛恨事であることでしょう。

家族としてはあまり考えたくないことですが、XさんがYさんより先に亡くなると、相続が発生します。X氏の遺言はなかったと仮定します。Yさんにはすでに後見人が付いていますから、後見人は、子2人との遺産分割協議においてYさんを代表して「法定相続分」の分割を要求します。Yさんは配偶者ですからX氏の遺産の2分の1を請求し、その通りに決まるでしょう。Xさんのマイホームも「Yさん持ち分2分の1」となります。

姉弟は「費用がかさむようになったら(お父さんが亡くなった後なら)実家を売って介護費等に回そう」という気でいても、その実行は事実上、不可能になってしまいます。

 

家族の思いとズレている成年後見

「それでは成年後見制度は使えないですね」
私の説明に心底うんざりした表情のTさんが声を落として言いました。

成年後見制度にはさまざまな問題点がある一方、もちろん利点もあります。
その辺については別稿に譲りますが、この制度が根本的に私たちのようなふつうの家族に囲まれている者の感覚とまったくズレているな、と感じるのは以下の点です。

  • 成年後見の申立てをするのは、大半が家族である(本人は判断能力を失っていますから)。
  • ところが成年後見制度の狙いは、本人の財産を守ること。それが至上命題で、他の目的はない。(本当は「本人の身上に配慮する」と民法858条は身上配慮義務をうたっているのですが)
  • だから家族を守ったり、「家族の幸せと共に本人の幸せがある」という発想はまるきりない、ということ。

つまり「依頼者(申立者)の思い」と「制度の目的」とが全然かみ合っていない。
実に不幸な「思い」のすれ違い、と言うほかありません。

 

家族信託は、依頼者の思いに応えてくれる

それに対し、「依頼者の思い」と「制度」とがピタリとかみ合っているのが家族信託です。

今度は、Xさんが委託者となりAさんを受託者として「Yさんを救うため」の家族信託を締結した場合のことを考えてみましょう。

X氏ケース1

母が認知症? 家族信託による対策を考えてみた。父を委託者兼当初の受益者に、娘の私が受託者になる

 

一般的に、家族信託の「依頼者」は主に誰だと思いますか?
成年後見の場合と同じように、家族のうちの誰かです。後見してもらう人が自ら後見申立てをすることが少ないように、家族信託においても、「家族信託をしたい」と私の事務所を訪ねて来られるのは、高齢の委託者候補ではなく、受託者適齢期の40-60代の人たちです。

受託者は何をしたいのかといえば、認知症が危ぶまれる高齢の親が持っている財産を自分が管理して、親の暮らしが今までと同じように成り立つようにすること。一言でいえば、「銀行なんかにお金を凍結されちゃあかなわない」と思っています。だって、そうしなければ自分(たち)のお金で親を支えていかなければなりませんから。子は子で生活があります。親がそのための財産を残してくれているのですから、「認知症だからおろせない」と門前払いされて、自腹を切らされてはたまらないのです。

実はこの思い、成年後見を申し立てた人も同じだったはずです。
「親のお金を、親のために使えるようにしたかった」だけイラスト>なのに、“家族は財産を狙う仮想敵だ”とばかりに、後見人は親の財産を家族の手から引き離し、家族には管理の実態をカケラも見せずに、家庭裁判所との打ち合わせだけで“後見事務”を続けている。『これが国の関与する成年後見制度の実態か!?』と怒りを通り越し、理不尽を感じている人が大勢います。

 

家族信託なら「実家売却」もスムーズ

家族信託は「本人のためだけに財産を使え」とはいいません。今までX氏のお金で家計を回していたなら、Yさんのためにも使えばいい。たまに家族旅行をしたければ、そのようなことにも信託財産を使えます。

X氏ケース2

両親ともに施設に入居。費用捻出のため、信託財産とした父の居宅を売却

 

家族信託を縛るのは「信託目的」のみです。目的が「自分及び妻の安定した暮らし」ならば、このお金の使い方は何の問題にもなりません。そしてX氏、Yさんのふたりともが施設に入り、自宅が不要になった時点でこの不動産も売却されることになるでしょう<イラスト>。

もちろん信託目的に「居宅の売却」を入れ、居宅不動産を信託財産にしておくのです。これらの財産管理は、委託者(X氏)に代わり受託者のAさんが行います。
Aさんが「管理者」としてふるまえるのは、信託契約を締結すると同時に不動産の所有権を父から娘に移し、名義変更を完了させているからです。

※ちなみに成年後見の場合は、家庭裁判所から「自宅売却」の許可を取った上、成年後見人が本人を代表して(「包括的代理人として」と言った方が早そうですね)買い主と契約を結びます。

 

妻を第2受益者にしておけば安心

実はX氏が委託者であるこの「家族信託」は、説明用の信託例としては複雑な内容です。「居宅売却」と「認知症の妻を守る」という2つの目的を同時にもっている信託だったからです。

「この人を何とかしたい」の張本人はYさんでしたね。
Yさんの定期預金1500万円が凍結されたために、介護資金が枯渇しそうになっていました。「何もしない」を選択するつもりで、X氏の財産をできる限り現金化しました。でも、完全に危機を乗り切るには少し足りません。

「成年後見」を選択すれば、凍結解除ができるのでお金が足りない問題は一時的には解決します。しかし後見報酬が無視できないコストであるという問題と、「施設選びさえ家族の手で行えない」「居宅売却も家庭裁判所の許可が出るか定かでない」という、この制度の致命的な使いにくさに直面して、最後の選択肢にまで来てしまったのでした。

X氏ケース3

父が亡くなっても信託は続きます。受託者は父が遺してくれたお金を、今度は母のために使います

 

では、最後の選択肢である家族信託はYさんをどうやって救うのでしょうか。

受託者はYさんの定期預金1500万円については何もできません。でも、ふたりが施設に入居することになったら居宅を売ればいいのです。これで資金問題は解決します。
また、X氏が予想外に早く亡くなったとしても大丈夫です。
契約書にあらかじめ2番目の受益者としてYさんを書き込んでおきます
するとX氏が残した財産すべてを、受託者Aさんの管理の下、今度はYさんのために使うことができるようになります<イラスト>。

そしてYさんが亡くなったら家族信託を終了させ、その時点で残っている財産をAさんとBさんが分け合えばいいのです<イラスト>。
家族信託を使うと、契約書1つで「相続」までできてしまいます。

X氏ケース4

母が亡くなったら家族信託は終了。残った信託財産を私と弟が承継します

 

追い込まれての成年後見だけは避けたい

親が認知症になりそうになってきたとき、私たちには3つの選択肢があります。

  1. 何もしない
  2. 成年後見を利用する
  3. 家族信託契約を家族と結んでおく

どれが最適な答えかは、まず本人の常況によりますし(銀行で凍結を解除してくれないなら成年後見を頼むか、自腹を切ってでも何もしないか、の2択しかありません)、ご家族の性格によっても変わってくるでしょう。

ただ、不用意に、追い込まれるように、成年後見を申し立てることだけは避けてほしいと思います。
第1章で<X氏一家のケース>を紹介したのは、認知症が引き起こす凍結の問題その他をザックリと見てもらいたかったからです。その上で、成年後見制度に代わる「認知症対策としての家族信託の概観」を手短に見てもらうつもりでした。

ですからこのストーリーには、10個ほどのサブテーマを織り込んでいます。
今さらの種明かしですが………

  1. 「最後はふたりになる」という問題。子がいて、ある時期幸福な一家だんらんがあった家でも、子はやがて家を離れ夫婦だけの生活に。そしてその先、「最後はひとりになる」というのが、これからの典型的な家族の形になるということ(その確率は50%強です!)
  2. その当然の帰結として「老々介護」が一般的になることを示しました。
  3. これまでは話題にもならなかった「認知症」の問題がここ10年くらいで表舞台に。
  4. かつて認知症が話題になるのは“奇妙なふるまい”だったけれども、今は差し迫ったリスクとして認知症による資産凍結”が声高に語られ始めていること。
  5. “凍結”の恐怖を増幅させる、現在の高齢者の偏った財産の持ち方。定期預貯金、生命保険、株や投資信託………大きいお金がことごとく認知症で「動かせないお金」に。
  6. マイホームという不動産はいざという時お金に換えられる頼もしい富動産だったのに、認知症になれば売却不能の負動産に、という問題の出現。
  7. 凍結解除の対処法として成年後見制度がようやく注目されてきたけれど、実態を知らぬまま制度に駆け込む人の急増で、「成年後見の使いづらさ」も語られ始めていること。
  8. そのアンチテーゼとしての家族信託への期待と誤解。
  9. 正しく使えば家族信託には、認知症対策以外にも多様な使い道があること。
  10. そして最後に、現在の高齢者の絶望的な情報不足。「知らなくても大丈夫」という根拠なき楽観が通用するほど今の時代は甘くない、という認識の決定的な欠如。

 

認知症に楽観は禁物、時間との勝負と心得よう

最後は辛口に書きましたが、私は⑩番がいちばんの問題だと思っています。
①番から⑨番までのことは、この本を手に取られた方なら、論理的にストンと腑に落ちるでしょう。
しかし⑩番の問題だけは、高齢者の身近にいるあなたが伝えてくれない限り、最もわかってほしい人にいつまでたっても伝わらない、ということになってしまいます。

認知症の問題は、はじめのうちは「問題」とも感じられないでしょう。
床に就くわけではないし、“ふつう”である時間の方がはるかに多いし、すぐ何かが問題になるわけでもありません。
しかし、そうやって時間を空費している間に症状は進み、ある日「銀行でお金をおろせない」という劇的な変化に見舞われてしまいます。
本人も困るし、周りの家族も困ります。

Xさん家族も、娘のAさんがまだ間に合う時期に相談に来てくれたので、なんとかYさんを家族信託という“セーフティーネット(安全網)”に救い上げることができました。
時間との勝負です。そのことをご本人に伝えられるのはあなたしか、いません。言っても、説明しても、懇願しても、本人はテコでも動こうとしないかもしれません。それも認知症のひとつの特徴なんですね。

あきらめずに、やさしく、粘り強く説得してください。

著 者
行政書士 石川秀樹(ジャーナリスト)

 

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家族信託は委託者と受託者の契約ですから、すべての事案でオーダーメイドの対策を講じることができます。
成年後見人は意思能力を失った本人の代理なので、将来へ向けての「対策」は一切できないのです。
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この記事を書いた人

石川秀樹 行政書士

石川秀樹(ジャーナリスト/行政書士) ◆静岡県家族信託協会を主宰
◆61歳で行政書士試験に合格。新聞記者、編集者として多くの人たちと接してきた40年を活かし、高齢期の人や家族の声をくみ取っている。
◆家族信託は二刀流が信念。遺言や成年後見も問題解決のツールと考え、認知症➤凍結問題、相続・争族対策、事業の救済、親なき後問題などについて全国からの相談に答えている。
◆著書に『認知症の家族を守れるのはどっちだ!? 成年後見より家族信託』。
◆近著『家族信託はこう使え 認知症と相続 長寿社会の難問解決』。
《私の人となりについては「顔写真」をクリック》
《職務上のプロフィールについては、幻冬舎GoldOnlineの「著者紹介」をご覧ください》

 

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